封鎖された大学の本部事務棟の建物の前で、安城民雄は足を止めた。
その暗褐色のタイルを貼ったクラシカルな建物は、この夏、学内の新左翼グループによって封鎖されたのだ。いまエントランスの内側はデスクやロッカーなどでふさがれ、一階の窓の内側もすべて、板が打ちつけられている。中では新左翼グループの活動家が寝泊りして、大学側や封鎖反対派の学生たちによる封鎖解除を警戒していた。とはいえ、常時中にいるのはせいぜい三十人という話もある。詳しいことは、民雄にもわからない。民雄は封鎖されて以来、その本部建物の中に入ったことはなかった。
(中略)
昭和四十四年の、十月三十一日だった。民雄がこの大学に入学して二年目である。
佐々木譲『警官の血』初出2006-2007(新潮社2007, pp227-229)
今回の「#物語の中の北大」で紹介するのは54年前の今日の風景です。『警官の血』は戦後から現代までの警官3代にわたる物語で、初代の死の謎とその解明を縦糸に、時代の犯罪と変わらぬ正義のあり方を横糸にして描かれるミステリー巨編です。2009年にテレビドラマ化もされ、札幌キャンパスでロケも行われました。
2代目で第2部の主人公である安城民雄は、父の清二と同じく駐在勤務を望むも、とある任務を公安部から提案されます。それは北大に入学してロシア語を学びつつ、当時活発だった学生運動を監視する潜入捜査でした。民雄は躊躇しつつ、広大で緑豊かなキャンパス、農場やクラーク像、その中で4年間学ぶ自分を想像し、北大文学部に入学します。
写真はまさに民雄がいた1969年秋のものです。過激派学生により正門はバリケードで封鎖され、本部事務棟は小説の描写のとおり、板で窓が覆われています。この1969年は北大で過激派学生の活動が頂点に達した年でした。背景には様々な要因がありますが、そのひとつは1970年に日米安保条約が延長されることでした。4月10日の体育館占拠による入学式妨害に始まり、堀内寿郎学長の事務棟での軟禁、理学部・農学部・工学部への襲撃、そして文系棟・図書館・事務棟の占拠がありました。
しかし、10月31日は活動が頂点から下り坂に入った頃でした。劇中でも語られているように、前日の10月30日に文系棟の占拠は学生自治会によって解除され、さらに11月8日には機動隊が突入し、事務棟と図書館も開放されます。今回掲載した事務棟の写真は突入直前の11月8日に撮影されたものです。建物の周りの瓦礫に火がついているのは、機動隊の突入を妨げるためでしょうか。今はのどかなキャンパスにもこのような時代があったのです。
なお、本作で描写される場所としては事務棟の他に、図書館や中央ローン、クラーク会館、そして正門から少し南側にあった喫茶ドルフィンがあります。テレビドラマ版では中央ローン、総合博物館(旧理学部)前、理学部ローン、中央食堂前が登場しています。ドルフィンは別の場所に移転していたため、博多ぶあいそ別邸(旧 松村松年邸)が使われました。
そのドルフィンで民雄は学生仲間からある相談をもちかけられ、物語は大きく動き出します。物語の行く末を知りたい方は『警官の血』を、ドルフィンの歴史について知りたい方は「いいね!Hokudai」過去記事をご覧ください。
喫茶ドルフィンを紹介しているこちらの記事もご覧ください。
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