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#61 理不尽さの向こうに、平和を考える/小濵 祥子さん(公共政策大学院 准教授)[FIKA No.17]

CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。

FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。

キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。

シリーズ17回目となる今回は公共政策大学院の小濵祥子さん。
 幼少期に見た湾岸戦争のニュースをきっかけに、世界の“理不尽さ”に強い関心を抱き、政治学の道に進んだ小濵さん。
その違和感を胸に、紛争や国際政治の構造を分析し、「なぜ戦争は終わらないのか」「平和をどう築けるのか」を問い続けています。平和を遠くの理想ではなく、現実の構造から見つめる探究の歩みを伺いました。

【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】

(公共政策大学院の小濵祥子さん)

戦争の理不尽さを受け止めきれなかった幼少期

小濵さんが「戦争」という現実に強い衝撃を受けたのは、小学生の頃でした。
1991年、湾岸戦争のニュースで、テレビに映し出されたミサイルが飛んでいる映像を見たときに、幼い心に言葉にならない違和感が残ったといいます。
「自分が戦後の日本に生まれ平和に暮らしていることは、ただの偶然です。紛争地域に生まれた人たちも、それを選んでそこに生まれたわけではありません。なのに争いに巻き込まれ被害にあうという現実が、どうしても納得できなかったんです」と振り返ります。

その理不尽さをどう理解すればいいのかという問いが、世界や社会を知りたいという思いにつながっていったといいます。

日々の暮らしでは、3歳から続けてきたクラシックバレエが生活の中心にありました。練習は厳しく、レッスンに明け暮れる毎日だったといいます。 しかし高校生のときに大きな挫折を経験します。
「中学に入ったころから壁に突き当たって、ずっともがいていたのが続いて、体も心も動かなくなってしまって。ずっとバレエを続けていく未来を見ていたのに、それまで自分を動かしていた情熱が急に失われてしまったんです」と、ずっと打ち込んできたバレエに対して燃え尽きてしまい、しばらくは何も手につかない日々が続きました。
そんなとき、支えになったのが読書や勉強だったといいます。バレエをやめて、本を読む時間や勉強する時間ができ、世界をそれまでとは違った見方で見られるようになる楽しさに魅せられていきました。特に世界史や地理の受験問題を解くと、出題者がどのように社会を見ているのか、あるいは学生に見てほしいのかが伝わってきてわくわくしたり、日本語では表現できない感情や物事があると感じてスペイン語を勉強したりしたといいます。

法学部で見つけた「政治を通じて平和を考える」道

進路を考える時期に差し掛かり、地元である奈良から、同級生と一緒に東京の大学をいくつか見に行きました。そこで東京大学を見に行った際、緑の多いキャンパスの雰囲気に惹かれ、進学先として目指すことを決めます。
「この木の下のベンチで本を読んだらすごくいいだろうなぁって思って。本当に直感なのですが、私にはここが合っていると感じて、そこから東大で勉強したいというモチベーションで頑張れました」と振り返ります。

高校の社会科の授業ではいつも世界情勢の話題に引き込まれていたという小濵さん。大学進学では「国際関係を学ぶなら政治の仕組みを知らなければ」と考え、東京大学文科一類から法学部に進学。
法学部には法律と政治のコースがあり、小濵さんは政治学を選択。政治学コースへ進んだことについて「戦争の被害を食い止めるための方法は、現場で人を助けることだけではない。争いにつながる構造そのものを変えることも平和への道だと感じました」と小濵さんは語ります。

ゼミでは、イスラエルに対するアメリカの武器輸出を題材に、国際政治の駆け引きを分析し、中東地域で繰り返される戦争の背景を理解しようと試みました。戦争を「終わらせる」だけではなく、「繰り返さない」ために何が必要なのかを問い続けていたといいます。

やがて研究にのめり込むうちに、「もう少し学びを深めたい」という思いが芽生えてきます。しかし、当時の法学部では大学院進学は珍しく、周囲の多くは就職を選んでいたそうです。自分に才能があるのか、研究者としてやっていけるのか。迷いの中で、ゼミの先輩からかけられた言葉が背中を押したといいます。
「研究者に向いているかどうかなんて、最初から誰にもわからない。結局は、覚悟を決められるかどうかなんだよ」
その言葉に励まされ、研究の道を歩む決意を固め、大学院へ進学します。

壁の向こうに見えた、手を動かし続けることの大切さ

大学院に進学して最初の1年は、どれだけ本を読んでも理解が追いつかず、授業の議論についていけず、毎日が壁に頭を打ち付けたくなるような日々だったといいます。
そんなとき、先生から「専門の勉強ばかりしてもダメ。とにかく基礎を広く学びなさい」と助言を受けます。思想史、歴史、さまざまな地域へと視野を広げ、学ぶほどに世界の見え方が変わっていき、次第に政治を静的な「制度」ではなく、「多様な人間が共存するための営み」として動的に捉える感覚が身についていったといいます。

多様な知を吸収する過程で、“書くこと”の意味にも気づいたと話します。完璧を目指して一歩を踏み出せなくなるよりも、まず書いて、直して、積み重ねていく。その積み重ねこそが研究なのだと理解したそうです。
「先生からは素晴らしい大作を一生に一度書くことを目指すより、まずは手を動かし続けることが大切だと教わりました。今もその教えを大事にしています」と研究者としての基礎的な姿勢も学んだといいます。
学びが深まるにつれ、それまで文献収集を中心に行っていた外交史から「国家間の駆け引き」そのものへ関心が移っていったといいます。「歴史を読むだけでは見えてこない人間の行動や判断の構造をもっと理論的に理解したい」と考えていたときに指導教員の勧めもあり、博士課程はアメリカの大学院へ進学することに決めます。

研究を通して取り戻した情熱

博士課程の留学先はアメリカ・バージニア大学でした。博士課程の最初の2年で行われる「コースワーク」と呼ばれる授業中心の期間は、政治学に加え、ゲーム理論や統計学など幅広い分野を網羅的に学び、週に数百ページの論文を読む生活が続いていたといいます。
小濵さんは「本当に目から血が出るかと思うほど勉強したんです」と笑いながら振り返ります。
アメリカの大学では、議論を通じて自分の考えを磨く文化が根づいており、最初は英語で発言することに躊躇したものの、ディスカッションを重ねるうちに「知識を取り込むだけでなく、自分の中でつなぎ合わせ、自分なりに意味づけていくこと、自分の言葉で表現すること」が少しずつ身についていったといいます。
圧倒的なインプットの量に対してそれをどう処理すればいいのか分からず、もやもやとした感覚の中、くじけそうになる日もありました。
しかし、諦めずに向き合う中で、「論文に“読まれていた”自分が、いつの間にか“読む側”になっていました。それができるようになったとき、霧が晴れた気がしました」というように、膨大な文献を読み、議論を重ねる中で、知識を「自分の言葉」に置き換えられるようになったといいます。

コースワークを終え、研究が進み始めた博士課程の終盤、北海道大学への着任が決まり、留学生活を終えて帰国します。博士研究を続けながら教育の現場に立つことは大きな挑戦でした。
しかし、新しい環境で研究に打ち込むはずが、思い通りに進まない日々が続きました。成果を出せない焦り、自分だけが取り残されているような感覚。周囲には優秀な研究者が多く、「この場所に自分がいていいのか」と思い詰めたこともありました。
「論文を書こうとしても手が止まってしまって。ファイルを開こうとするだけで手が震えるような時期がありました」
そんな停滞を打ち破ったのは、勇気を出して久しぶりに参加した学会でした。発表をきっかけに出会った研究者との交流から共同研究が始まり、「研究の楽しさ」を思い出したと話します。査読論文の修正に徹夜で向き合ったとき、疲労の中に確かな高揚感があったそうです。
「夜明けの光の中で“やっぱり研究が好きなんだ”と感じたあの瞬間は、忘れられません」
バレエで一度失った“ひとつのことに打ち込む情熱”が、研究の中で再び湧いてきました。小濵さんはそのとき、研究を続けていってもいいんだ、という確信を得たといいます。

(勤務中は「午前はクリエイティブな作業、午後は事務作業などを行うようにタスクの優先順位を決めています」と小濵さん)

 

積み重ねた小石が、次の世代へと道をつくる

現在は研究と教育、そして2児の子育てを両立する生活を送っている小濵さん。北大の職場環境や周囲のサポートに支えられながら、研究を続けてきたということでした。
「一度安定した職に就けば、研究職は女性にとってとても働きやすい仕事だと思います。時間の融通もききますし、自分のペースで続けられるのが大きいです」と話します。

女性教員が少ない分野ゆえに女子学生から将来について相談を受けることも多いという小濵さん。学生たちには「女性だから」「研究者だから」といった固定観念に縛られず、自分らしい生き方を選んでほしいと話します。
「私が大学院進学を迷っていた時はそれで人生が決まってしまう気がしていました。でも、人生の決断は何度してもいいと今ならそう思えます。挑戦したいと思ったら何歳でも挑戦してもいいし、嫌だと思ったらやめて別のことをしてもいい。自分の心をわくわくさせるものを大切にしてほしいです」と語ります。

また、人との関わりも大事にしてほしいと話し「研究は一人でするものだと思いがちですが、実際は人との関わりの中で進んでいくものです。子どもを育てるのも同じで、社会や周囲の人に助けてもらい、自分もいつか同じように誰かの力になりたい、そのためにもっと成長したいと思う。それを実感しています。」と、自身の経験からアドバイスを送っています。

多くの人の支えがあって研究を積み重ねてきた小濵さんですが、これからの10年は、積み重ねてきた成果を一つの流れにし、その中で「多様な人々が平和に共存する」ことを自分なりの視点で問い直すような分野を開いていけたらといいます。

「研究は、一人で大きな建物を建てることではなくて、次の人が踏み出すための“小石”を置くような仕事なんです。小さな発見や分析の積み重ねが、いずれ大きなテーマにつながっていくと信じています」

小さな発見や分析の積み重ねが、次の誰かの出発点になる。その循環こそが学問の力だと信じて、小濵さんはこれからも、世界を見つめ続けていきます。

(小濵さんの研究のおともはボトルに入れた水。研究に熱中すると飲食も後回しにしてしまうという小濵さんに「毎朝、夫が用意して持たせてくれます」と笑います)

FIKAキーワード 【課程別・専攻別の日本人留学数】

(学部課程では人文社会系の学生の留学者数が多く、修士課程・博士課程では理工系の学生の留学者数が多いことがわかる。この年のデータからは小濵さんのように博士課程で社会科学分野での留学生数は全体の約5%である)

〈転載:文部科学省(2025年)共創のための留学モビリティ拡大及び大学の国際化の方向性 参考資料集「日本人学生の専攻別・課程別留学状況」https://www.mext.go.jp/content/20250801-mxt_kotokoku01-000043250_007.pdf〉

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