北大の正門から入って5分ほど歩くと、右手に「北大マルシェCafé&Labo」が見えてきます。このカフェは、北大で搾乳された牛乳である北大牛乳が楽しめるお店です。
「いいね!Hokudai」取材班はこれまで、この北大マルシェCafé&Laboの経営方針や北大牛乳の魅力について、店長の白戸雄翼さんを取材しました。
お話のなかで、北海道大学大学院農学研究院の小林国之さんと三谷朋弘さん、そして酪農家の大黒宏さんの3人が中心となって、北大牛乳の価値を伝える拠点として北大マルシェCafé&Laboが誕生したことがわかりました。
本記事では、3人のうちの一人である北海道大学農学院の小林国之さん(国際食資源学院准教授)に北大マルシェCafé&Laboの運営方針、そして日本の酪農の状況についてお話をうかがいました。

小林さんの研究について教えてください。
私の専門は、農業経済学です。世界的には、農業経済学は、文字通り「経済学」を対象とした研究分野です。一方、日本における農業経済学は、経済のことだけでなく、農業、食、環境に関する社会科学全般を扱う幅広い学問領域です。政治学、経営学、社会学など、農業に関連する分野を網羅しています。このことは、世界的に見ても日本独自の特徴です。
私も経済学、経営学、社会学を自分の研究のエリアとしていて、中でも酪農の経営や流通、政策について研究しています。実際に、酪農の生産現場の動向や実態を把握することを重視しています。
北大マルシェCafé&Laboが生まれた経緯を教えてください。
きっかけは、当時北大農場の担当教員だった三谷朋弘さん(現・大学院農学研究院)が、農場の牛乳を自分たちの手で販売する方向を大学側に相談したことでした。ちょうど百年記念館に入っていた前テナントの契約が終了するタイミングが重なり、大学の理解も得られたことで、北大農場の牛乳に付加価値をつけて販売しようという動きから、北大マルシェCafé&Laboがスタートしました。
また、酪農家であり乳製品の加工・販売の先駆者でもある大黒宏さんのノウハウに支えられたことも大きかったです。実際、大黒さんがいなかったら全く実現できなかったと思います。
北大農場は持続的な酪農を基本的なコンセプトとしており、北大の職員が責任を持って生産しています。
もともとは北大牧場の牛乳をどう売るかというところからスタートしたのですが、それだけでは面白くないだろうということで、北大マルシェCafé&Laboの名前の由来にもなった「北大マルシェ」というイベントのコンセプトを盛り込むことになりました。北大マルシェは、大学院の授業で行ってきたもので、生産現場のことを知ってもらう機会を作る目的で実施しています。北大マルシェCafé&Laboにも、単に牛乳を販売するだけでなく、牛乳を一つのきっかけとして、農業のことを身近に感じてもらえる、農業の実態を少しでも感じてもらえる場所を作りたいという想いもあります。
今後の運営をどのように考えていますか。
今は観光スポットのようになっていて、経営的にはありがたいのですが、本来の目的である「生産者の実践を伝える場所」としての機能をさらに充実させたいと考えています。
大学院授業の「北大マルシェ」で築いた全道のさまざまな生産者の方々とのつながりを活かして、物販スペースを充実させたいという想いもあります。例えば、今は北大マルシェCafé&Laboの店舗で陸別町産のジンを販売していて、今後少しずつでも道内の生産者の製品を増やしていきたいと思っています。
こうした道内の多くの生産者との関係を活かし、多様な取り組みや商品を展開することで、いずれは北大などで農業を学んだ人たちが働ける場にもなっていければと思っています。
また、生産者の方々が取り組まれていることを伝える場所として、コロナ禍前に実施していたセミナーなどの教育的イベントも復活させたいと思っています。一般の方に「農業に関する話を聞きに来てください」とただ呼びかけても、なかなか人は来てくれません。しかし、北大牛乳が飲める場所であることを活かせば、食事をきっかけに酪農の課題について対話する機会が自然と生まれやすくなるのではないかと考えています。
農業の実態を伝える場という話がありましたが、北海道の酪農は現在どのような課題を抱えていますか。
酪農産業は現在、極めて深刻な問題に直面しています。最大の課題は、酪農経営を継続するために必要な投資と、それを回収するための収入とのバランスが崩れていることです。
特に最近は、機械や施設の価格の急騰で、この不安定さがさらに増しています。過去 5〜6 年で、牛舎建設の費用は 1.6〜1.7 倍に、トラクターなどの機械も1.5 倍近くに上昇しています。一方、牛乳の価格はわずか 1.1 倍の上昇に留まっています。それでも、消費者からは「牛乳が高い」という声が上がります。このように、牛乳の生産者の経営はますます圧迫されているのが実態です。

そうした課題に対して、どのような取り組みが考えられていますか。
従来、酪農経営の問題に対しては、補助金により投資費用を抑えつつ、牛の頭数を増やし、規模拡大で収入を増やすという農業政策が取られてきました。この仕組みや方向性を政策的な唯一の解決策と考え、それ以上のことを検討してこなかったのです。しかし、経済環境の変化によってこの方法でも立ち行かなくなってきています。
今後は、これまで解決策と見なしてきた方法だけが解決策ではなかったと振り返りをした上で、補助金のあり方や研究の方向性を改めて考え直す必要があります。これは単なる政策の問題ではなく、酪農関係者全員が共有し、取り組んでいくべき課題です。
これは、北海道特有の問題ではなく、農業全般に関係する問題です。
こういった北海道だけではない、日本の農業の課題についても、北大マルシェCafé&Laboで一般の方々とお話をするきっかけを作れたらいいと思っています。まずは牛乳を飲みに来ていただいて、そこから農業のことを少しでも身近に感じてもらえたら嬉しいです。
小林さんの本
本記事では、小林さんにインタビューをし、日本の酪農業界についてお話をうかがうことができました。
北大マルシェCafé&Laboの立ち上げに深く携わられた小林さんの酪農のお話、もっと聞きたいという方もいるのではないでしょうか。

そんな方におすすめなのが小林さんの著書『牛乳から世界がかわる—酪農家になりたい君へ』です。「世界が変わる」「酪農家になりたい君へ」と印象的なワードが続きますが、この本に込めた小林さんの想いをお聞きしました。
この本は、酪農家になりたい人だけでなく、これからの人生を考えていく人たちに向けて出版しました。
「世界が変わる」という言葉を使ったのは、生きることと仕事を通じて、世界とつながることができるということ、そして、単に何をして働くかという以上に、生きることと働くことには深い意味がある、と伝える本にしたいという意図がありました。
私の研究テーマの一つである酪農家を通じて、いかに仕事というものが職業を超えた生き方であり、世界とつながっているものなのかを伝えたいと思ったのです。
もともとメインタイトルは「酪農家になりたい君へ」だったんですが、出版社の営業の方に「これじゃ売れません、牛乳という言葉を出さないと」と言われまして。それで「牛乳から世界がかわる」というちょっとトリッキーなタイトルにしました。
この本で伝えたかったのは、これから人生を考えていくときに、ただ何をして働くかということ以上に、生きることと働くことには深い意味があるんだよ、ということです。私の研究テーマの一つである酪農家を通じて、仕事が職業を超えた生き方であり、世界とつながっているものなんだということを伝えたいと思って書きました。
私も拝読しましたが、毎日何気なく口にしている牛乳やヨーグルト、チーズなどの乳製品が、どのような人々の手を経て食卓まで届いているかを改めて意識することができました。本書は農文協の高校生向けシリーズの1冊であり、これから進路を考える高校生にはぜひ読んでほしい1冊です。
酪農業界の方々にはもちろん、各地の図書館や学校の図書室でも購入されているとのことです。もちろん北大の図書館でもご覧いただけます。
北大マルシェCafé&Laboで牛乳やジェラートを楽しみながら、読むのもいいですね。
編集後記
この記事を含め、これまで4回にわたって、北大マルシェCafé&Laboの記事を掲載してきました。
初回の記事では、北大祭の出店を取材し、季節によって風味が異なる北大牛乳をいただきました。
北大祭2025 今の季節でしか飲めない味!出張版・北大マルシェで北大牛乳を堪能
第2回では、北大マルシェCafé&Laboの店舗にお邪魔し、北大牛乳をふんだんに使った「北大牛乳モッツァレラチーズ焼きカレー」と「北大牛乳を使用したフレンチトーストセット」、「北大牛乳ジェラート」を堪能しました。
北大マルシェで出会う「北大牛乳」の新たな一面
第3回では、北大マルシェCafé&Labo店長の白戸さんにお話をお聞きし、北大牛乳の魅力や商品の特徴についてうかがいました。白戸さんの北大牛乳への思いがあふれたインタビュー記事は以下から閲覧可能です。
北大牛乳へのこだわり 〜北大マルシェCafé&Labo〜
今回の第4回では、小林さんから、北大マルシェCafé&Labo誕生の背景には、こだわりをもって作られた北大牛乳に付加価値をつけて販売したいという想いと、酪農生産者の実践を伝える場を作るという構想があったことをうかがいました。
北大マルシェCafé&Laboは、北大牛乳を味わえる場所であるだけでなく、深刻な問題に直面している酪農産業の課題と向き合うための場としての役割が期待されています。4回の記事を通じ、北大牛乳をめぐる長い歴史、そしてこれからの酪農産業の未来が詰まった北大マルシェCafé&Laboの魅力をお伝えできていたら嬉しいです。
参考文献
- 北海道大学CoSTEP, 「北大祭2025 今の季節でしか飲めない味!出張版・北大マルシェで北大牛乳を堪能」, いいね!Hokudai, 2025, https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/34217(最終閲覧日:2026年2月19日)
- 北海道大学CoSTEP,「 北大マルシェで出会う『北大牛乳』の新たな一面」, いいね!Hokudai, 2025, https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/35448(最終閲覧日:2026年2月19日)
- 北海道大学CoSTEP, 「北大牛乳へのこだわり 〜北大マルシェCafé&Labo〜」, いいね!Hokudai, 2025, https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/35577(最終閲覧日:2026年2月19日)
- 小林国之, 『牛乳から世界がかわる』, 農文協, 2024.