
CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
シリーズ20回目となる今回は、医学研究院 / ICReDDの津田真寿美さん。
がん研究を専門とする研究者で、医学と材料科学を横断する異分野融合研究に取り組んでいる津田さん。生き物への興味からがん研究、そして異分野融合研究へと進めてきた歩みを伺いました。
【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】


自然に囲まれて育まれた生き物への興味
十勝で生まれ、転勤族の家族とともに自然豊かな道内を転々とし、幼い頃から動物や植物に親しんできた津田さん。休日に高校の生物教師だった父に付いて実験室をのぞかせてもらった記憶は、今も鮮明に残っているといいます。
高校では生物が一番好きな科目だった一方、物理や数学は苦手で、文系に進むか理系に進むか迷った時期もあったそうです。「成績からすると文系でもよかったかもしれませんが、やっぱり自分がやりたいのは生き物や医療に関わる仕事でした」と理系を選択します。
大学受験では、当初、幼い頃からの憧れだった獣医を目指したものの、結果的には医学研究の道に進みます。「今思えば、獣医は時に辛い判断を迫られる仕事。心理的な負担も大きかったと思うので、研究者という今の仕事の方が自分には合っていたのかもしれません」と振り返ります。
臨床検査技師の学びから研究の道へ
大学進学を機に、津田さんは住み慣れた北海道を離れます。入学した東京医科歯科大学医学部保健学科のあるお茶の水キャンパスは、都会のビルの中にありました。「初めてのひとり暮らしに加え、都会の生活のスピード感についていけず、当初はホームシックを感じることもありました。長期休みになるたびに札幌の実家へ飛んで帰っていましたね」と笑います。
臨床検査技師の国家資格を取得した津田さんでしたが、いざ仕事をすることを考えたとき、自分の関心が検査の実務よりも「生命の真理」や「疾患のメカニズム」に向いていることに気づきます。
「なぜこの病気が起こるのか。どうすれば治療法を開発できるのか。研究の立場から医療に貢献したい」という想いが強くなり、大学院は北海道大学地球環境科学研究科の環境情報医学講座(修士課程)へと進みます。

実験室で目にしたがん細胞の「恐ろしい生命力」
研究室では、指導教員の井上勝一先生(呼吸器内科医)の指導のもと、肺がんに対する温熱療法がどのような分子メカニズムで治療効果を発揮するのかについて、研究しました。
「がん細胞を42.5度で温めると、ヒートショックプロテインというタンパク質が出てきて、細胞を死へと導くシグナルが走ります。培養皿の中のがん細胞が示す、無限に増殖し続ける圧倒的な生命力と、それに対抗するミクロのメカニズム。その凄まじさに、私はすっかり魅了されてしまいました」と、次第に研究の面白さに惹かれていったそうです。
井上先生の「自分が一番やりたいこと、好きなことをやるのが一番。医学の研究をしたいなら医学研究科に行ったほうがいい」という後押しもあり、より深く医学を学ぶために津田さんは医学研究科病理学教室の博士課程へと進学しました。患者さんから提供された貴重な検体から「病の理(ことわり)」を解き明かすという、現在の研究の礎となる日々が始まったのです。
博士課程では、指導教員の田中伸哉先生(現、北大医学部腫瘍病理学教室教授)の指導のもと、がん細胞の増殖や転移に関わる情報を伝える仕組み(シグナル伝達)を明らかにすることに取り組みました。「新しい発見をした時は、思わず飛び上がって田中先生を呼びに行くほどでした」と、発見した時の嬉しさを語ります。国内の学会発表だけでなく国際学会も経験する機会をいただいたことで、多くの研究者から刺激を受けたといいます。
国際学会で世界各地の研究者と出会い、最先端の研究に直に触れたことが、留学を意識するきっかけとなり、博士号取得後は海外へ留学することに決めます。
アカデミック・トライアングルでの充実した留学生活
博士号取得後、同じ研究室で約1年任期付きの研究者(CRESTのポスドク)として働いた後、約2年にわたり米国・ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターへ留学しました。ロックフェラー大学やコーネル大学医学部と隣接する「アカデミック・トライアングル」と呼ばれる環境で、世界最先端の研究に日常的に触れることのできたのは本当に貴重な経験だったといいます。
毎週開催されるプレジデントセミナーには、ノーベル賞受賞者クラスの研究者が数多く登壇し、コーヒーを片手にラフな雰囲気で最先端の研究について議論が繰り広げられる環境は「本当に贅沢な環境でした」と当時を振り返ります。
研究面だけでなく、多様な人々が集まるニューヨークでの生活は、津田さんの人生観にも影響を与えました。「発展途上国から人生をかけてニューヨークに渡ってきた人たちと出会う中で、日本人として生まれたことを改めて意識しました」と、成功しなければ国に戻れないという強い覚悟で挑む研究者にも出会ったことで、津田さん自身も研究者としての覚悟が決まったといいます。

異分野融合研究で見えた可能性
帰国後、医学部の助手・助教を経て、病理学分野の研究者として歩み始めた津田さんに、大きな転機が訪れます。それは、ソフトマターの1つハイドロゲルの研究者である北海道大学大学院先端生命科学研究院の龔剣萍(グン・チェンピン)先生との出会いでした。グン先生が主導する北海道大学が推進する研究組織「GI-CoRE; Global Institution for Collaborative Research and Education」のソフトマターグローバルステーション(GSS)に加わることになったのです。
「ソフトマターの分野は専門用語も、実験手法も、使う言葉すら違う。はじめのうちは意思疎通を図るだけで精一杯でした」と最初は苦労したと言います。「同じ分野の中だけで研究をしていると、決められた発想しかできなくなってしまうことがあります。ハイドロゲルと生体組織では見た目は全く異なりますが、どちらも柔らかく水分を大量に含むソフトマターです。ハイドロゲルをはじめとした異分野の材料や視点、手法を取り入れることで、思いもよらない方向に研究が発展することもあるんです」と、その面白さも語ってくれました。
これまでの研究にソフトマター研究の知見が加わったことで、疾患をより深く理解し、がんの新規診断治療法の開発や革新的な再生医療の確立など、幅広い医療への応用を目指しています。
2018年からは、文部科学省が主導する世界トップレベル研究拠点(WPI)である北海道大学の化学反応創成研究拠点(ICReDD、アイクレッド)にも参画し、現在は、医学研究院と、ICReDDでの二つの立場を持ち、ICReDDの拠点がある北キャンパスと医学部の間を、夏は自転車、冬はバスで行き来する日々を送っています。

世界の研究者が全力で取り組んでも治せないがんに向き合うために
忙しい日々を送る津田さんは研究者ですが、教員でもあります。「純粋に研究だけに没頭できる研究所に勤務するという選択肢もあると思いますが、私は大学という場所で、学生さんや大学院生と一緒にわいわいと実習や研究をやるのが好きなんです。それが自分の性分に合っていると思います」と話します。
学生の教育も大事にしている津田さん。「私自身、多くの恩師や仲間に支えられて今があります。だからこそ、研究に興味はあるけれど一歩踏み出せないでいる学生さんや、将来のキャリアに悩む女性研究者がいれば、できる限りのサポートをしたいと思っています」そこには津田さん自身がこれまで周りに支えられてきた経験があるといいます。
研究面では今進めている異分野融合研究に可能性を感じており、「がん研究者は世界中に大勢いますが、全世界の研究者が全力で取り組んでも根治できないのが現状です。ならば、視点を変える必要があります。異分野の研究者のお知恵を借り、これまで使ったことのない素材や計算科学、情報科学の手法を医学研究に持ち込む。このような融合研究が現状を打破する新しい武器になると確信しています」と、話します。
1人では成し得ないことも、異分野の知恵を借り仲間と協力すれば、未来は変えられる。かつての生き物への純粋な好奇心は、今、がんという病から人々を救うために新しい研究分野を創り出そうとしています。その異分野融合の力でがんに向き合うその姿勢は、とても力強いものでした。

FIKAキーワード 【異分野融合研究の広がり】
津田さんがグン先生との出会いで取り組んでいくこととなった異分野融合研究。
病理学と材料科学のように、複数の分野の知識や手法を組み合わせる異分野融合研究は、世界で存在感を増している。
世界で注目される研究領域を論文データから抽出した「サイエンスマップ」では、特定の分野に収まらない学際的・分野融合的な研究領域が、2002年の150領域から2020年には266領域に増えた。かつては生命科学の周辺に集中していたこうした領域が、今では科学全体に広がっている。
