皆さんは、社会学とは何かご存知でしょうか。社会学は、社会現象の実態やその現象の起こるメカニズムを解明することを目的のひとつとした学問です。社会は様々な人や事柄がつながりを持つことで成り立っています。
実は、スポーツと社会は密接につながっています。フィリピン・マニラの貧しい地域には生き残りをかけて身体一つでぶつかり合い戦っていくボクサーたちがいます。今回はマニラのスクオッターで、ボクサーたちと直に触れ合った経験がある石岡丈昇さん(大学院教育学研究院・准教授)に取材をしました。
石岡さんはマニラでの体験を通してどのようなことを感じ、考えたのでしょうか。
【姜元求・法学部1年 田中耀介・医学部保健学科1年】
スポーツ社会学との出会い
石岡さんは、在学中トレーナーなどのスポーツ関係の仕事に興味を抱いている中、スポーツ社会学の講義を受講して、その面白さを見出し、スポーツ社会学の研究者を志しました。
スポーツ社会学は、社会学の領域のひとつで、スポーツと社会の関係をとらえようとします。例えば、人間の身体は食事や運動といった自然的・生理的な側面から形成されています。しかし、その一方で「女の子だからかわいくなるために痩せたい」「ボクシングの体重制限のためにも減量しなきゃ」というように、社会的・文化的な側面から影響を受けて形成されることもあるのです。
自らも中学、高校、大学時代に卓球に打ち込み、アスリートのように身体一つで生きている人々の世界に興味を抱いていた石岡さんは、人間の体が自然的・生理的な側面と社会的・文化的な側面の2つの側面によって形成されていることに面白さを感じました。
そして、石岡さんはマニラの貧困地域で、身体をはって生きているボクサーの研究を始めたのです。
(社会学のおすすめの本を紹介してもらいました)
マニラにおける参与観察
――日常から脱出して、外の世界で面白い経験がしたい。
石岡さんは、マニラに約1年間滞在して、スクオッターに住むボクサーの「参与観察」を行いました。スクオッターとは、都心の廃屋・廃ビルや他人の敷地・住宅に不法で定住する人たちやその区域のことを指します。
参与観察とは、調査者がある社会や集団に加わり、長期にわたって生活を共にしながら直接的な体験を交えつつ、その現象を客観的に見ることです。この方法は異文化研究によく用いられ、被調査者の考え方や感情の動きを、彼らの生きる文脈に沿って理解できるという長所を持っています。観察だけではどうしても自分のイメージを人々や事物に投影してしまい、自分のフレームのまま見てしまいがちです。しかしそこに参与が加わることで、その社会で生きている人の意味や感覚を自分自身も身体的に体験することができます。その体験をフィールドノートにまとめたり、写真を撮ったりして記録することを通じて「内在的に理解したものを外在的に言語化する」ことができるのです。そして、これが参与観察の面白いところであり、社会学におけるフィールドワークの楽しみのひとつでもあります。石岡さんは、スクオッターのボクサーと共にボクシングに打ち込むことで、彼らの考え方を「身体で感じた」のです。
スクオッターと日本の「助け合い」の違い
石岡さんはスクオッターの住民との関わりを通して「助け合い」について考えました。石岡さんは日本とスクオッターの「助け合い」の違いを、次のように説明してくれました。
人間は他人に対してある種の敵対心を抱いています。初対面の人の前で人見知りをすることも一種の敵対心の表れです。日本の「助け合い」では“慈愛”の考えに基づいて「貧しい人を社会的に包接しよう」「仲間外れを作らないでみんなで仲良くしようよ」と考えます。日本の「助け合い」の考えは、助ける側に余裕があるときはうまくいきます。しかし、いざ自分に余裕がなくなると、他人への敵対心が前面にでてしまい、“慈愛”の考えによる「助け合い」はうまくいかなくなりがちです。一方、スクオッターでの「助け合い」はどうでしょうか。スクオッターの住人にも、もちろん他人への敵対心はあります。さらに個人主義的で利己的な面も存在します。しかし、そこでは個人主義と「助け合い」が絶妙に混ざり合っているのです。普段はギスギスしている2人の女性でも、洪水が起きると一方の女性の小さな子供をもう一方の女性が体を張って助けるのです。下手をすれば自分の身も危ない余裕のない状況でも助け合う、これこそが“慈愛”とはまた異なる精神を持つスクオッターの「助け合い」なのです。個人主義と「助け合い」が絶妙に調和し、人と人とが堅く結ばれている世界。それがスクオッターの世界なのです。
(インタビューの様子)
研究のその先
最後に、石岡先生のこれからの研究の方針についてうかがいました。
現在、マニラでは都市開発が進み、それに伴うスクオッターの撤去も進んでいます。その結果、スクオッターの住民は、都心から山奥に移り住むことを強制されています。石岡さんは「人の生き方や生活様式は、人間の体に染みついている部分があることに注目すべきです。生活の場を都心から山奥へ強制的に移動させることは、身体化した生活と、実際の生活の場を切り離すことになる。このことは、その人の生活を壊してしまうことにつながるのではないか。強制撤去の話は今たくさん起こっています。私は、ボクシングの研究も続けていきますが、このことは別な課題としてやっていきたいと思います」と語ってくれました。
(石岡さんとインタビュアーの記念撮影)
※ ※ ※ ※ ※
この記事は、姜元求さん(法学部1年)と田中耀介(医学部保健学科1年)が、学部授業「北海道大学の「今」を知る」(2015年度)の履修を通して共同で制作した作品です。