自動車のボディ、窓枠のサッシ、ジュースの缶・・・私たちの身の回りの物には多くのアルミニウムが用いられています。水に強いイメージのあるアルミニウムですが、実は非常にさびやすい物質です。そのため、製品に加工する前に、表面に「酸化皮膜」をつくって保護する必要があります。私は、この酸化皮膜のナノ構造に着目した研究を行なっています。
【中島大希・工学院博士1年】
(非常に小さな世界を見るための装置「FE-SEM」とともに)
身近なところに「濡れ」の科学
雨の日に視界を確保するために、車のフロントガラスに親水性のコーティング剤を塗ることがありますよね?親水性コーティングのしくみは、水がガラス表面に薄い膜を作ることで水滴ができるのを防ぐというものです。それでゴーグルで水中を覗いたときのようにクリアな視界が保てるというわけです。しかし、コーティング剤は時間がたつと剥がれてしまいます。では、そもそものガラス表面自体が親水性、つまり「濡れる」性質を持っていたらどうでしょうか。ガラスだけでなく金属にも同じことが言えます。水滴や汚れが付着しにくい金属が作れるかもしれません。そこで私は、「表面が濡れやすいナノ構造」を創ることによって、永遠に親水性を示し続ける材料開発にのりだしました。
酸化皮膜って何?
通常、アルミニウムを空気中に保持すると、表面に薄い膜ができます。これを「酸化皮膜」といいます。
さらに、酸化皮膜を溶かす性質を持つ溶液に浸けて電気の力で酸化すると、酸化皮膜の成長と化学溶解が同時に起こり、特異的なナノ構造を持つ酸化皮膜が形成します。この溶液や電気化学条件をいろいろに変えてみることによってさまざまなナノ構造を創り出し、その中から表面が濡れやすいナノ構造をさがしだすのが、私のテーマです。
(ケトグルタル酸を用いて作製した酸化皮膜。酸化皮膜にたくさんの穴が開いています)
特異なナノ構造を求めて
私達の研究グループではこれまで、「違う性質を持つ溶液を使えば違う形のものが作れるはずだ」というざっくりしたコンセプトのもとで、いろいろな酸を使ってアルミニウムを酸化してきました。その過程で、ピロリン酸という酸の中で電気を流して生成した酸化皮膜が非常に特異的なナノ構造を作り上げることを発見しました。それがこちら。
(細長いファイバー状の酸化物が生成しています。その直径何と10nm以下!)
酸に電気を組み合わせることで簡単にこのようなナノファイバー構造をつくりだせるようになったのです。これで、今までにない新しい表面特性を創り出せる可能性が無限に広がりました。
意のままに形作れるナノの世界
思い通りのナノ構造を創り上げるには、成長する酸化皮膜の形を精密にコントロールする方法を確立しなくてはなりません。そこで次なる研究として、ナノファイバーのならびかたに着目しました。表面に周期的に繰り返す凹凸のあるアルミニウムを土台として、その表面にナノファイバー構造を作ってみました。すると、あらかじめ付けた凹凸に沿って、ナノファイバーが周期的に整列しました。つまり、凹凸のパターンを変えることで、配列密度の異なるナノファイバーを作ることが可能となったのです。
(左、中:作った「凹凸形状」とそれに沿って成長したナノファイバー。
右:よりたくさん並んだナノファイバー)
濡れる表面が照らす未来
私達の研究によって、どのような条件でどのようなナノファイバーが生成できるのか、徐々に明らかになってきました。このような新しいナノファイバー構造をもった被覆表面を利用すれば、これまでとうてい実現し得なかったような製品開発も夢ではありません。「永遠に曇らない鏡」や「いつまでもピカピカの車」を目指して、研究を進めていきたいと思っています。
(「濡れ」を測定する実験装置「接触角計」)
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この記事は、中島大希さん(工学院博士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
中島さんの所属研究室はこちら
工学院 材料科学専攻
エコマテリアル講座
エコプロセス工学研究室(菊地竜也 准教授)
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今回紹介した研究成果は、以下の論文にまとめられています。
T. Kikuchi, O. Nishinaga, D. Nakajima et al.
Ultra-High density single nanometer-scale anodic alumina nanofibers fabricated by pyrophosphoric acid anodizing
Scientific Reports, 7411, 2014
D. Nakajima et al.
Growth behavior of anodic oxide formed by aluminum anodizing in glutaric and its derivative acid electrolytes
Applied Surface Science, 321: pp.364–370, 2014
D. Nakajima et al.
Highly Ordered Anodic Alumina Nanofibers Fabricated via Two Distinct Anodizing Processes
ECS Electrochemistry Letters, 4: pp.H14–H17, 2015
D. Nakajima et al.
Fabrication of a novel aluminum surface covered by numerous high-aspect-ratio anodic alumina nanofibers
Applied Surface Science, 356: pp.54–62, 2015