あなたは博物館にどんな印象を持っていますか?知識がないと楽しめない、敷居の高いところと思っていませんか?北大には、博物館に対するそんなイメージを変えたいと考え、研究している研究者がいます。今回は、北海道大学大学院文学研究科 教授の佐々木亨さんに話を伺ってきました。
(小川凜・文学部1年/菅原葉野・文学部1年/永島野利子・総合文系1年)
- 佐々木さんの研究は《博物館のマーケティング》であり、「日本のミュージアムは経営の概念が未発達だ」と著書でおっしゃっていますよね。欧米と比べてということだと思いますが、どこが未発達なのでしょうか。日本のミュージアムと欧米のミュージアムがどのように違うとお考えですか。
一番大きな違いは社会的な役割や公共性の有無だと思います。日本には約5000館のミュージアムがありますが、そのうち約75%に税金が入っているのです。一方でアメリカの場合、ほとんどが民間によって運営されています。しかし、それにもかかわらず、アメリカの方が社会的役割や公共性がより明確に現れています。
- ミュージアムの社会的な役割や公共性とは何でしょうか?
皆さんはミュージアムに年何回行きますか?近寄り難いと感じてあまり行っていないということはありませんか?自分達の税金が使われているのに、おかしいと思いませんか?それに、日本のミュージアムは単なる見せ物になっています。綺麗な服で出掛けて、終わった後にレストランで美味しいものを食べる。その程度の目的でしか使われていませんよね。
- 確かにそうですね。それに美術館などは、少し退屈なイメージがあります。
税金が何億円も投入されている施設なのに、変な話ですよね。ミュージアムの展示品は人類の遺産であるはずなのに、そのことがあまり意識されていません。一方で欧米では、ミュージアムなどの文化施設は社会の課題解決の機能を持っています。例えば、劇場では地域の少年・少女を集めて劇をやらせ、自信をつけさせると共に社会との関係を持たせる。日本とは活用のされ方が対照的ですね。そういった面で、日本のミュージアムなどの文化施設は経営の概念が非常に未発達といえます。それを変えたいという思いが、私がこの研究を始めたきっかけでもあるのです。そのために、展覧会を含むあらゆる活動を評価してミュージアムにフィードバックするといった活動も行っています。
- では、それを行う佐々木さんにとって「ミュージアムの評価」とはどのようなものなのでしょうか?
私が考えるミュージアムの評価は、3つのステップから成り立っています。1つ目は評価する対象の範囲を決めること。2つ目は測定すること。そして3つ目が改善することです。もし仮に、自分たちが開催した展覧会で悪い評価がつくと悔しいですよね。でも、そこから展示がさらによくなるように頑張ってみる『努力する』アクションが生まれます。このことから、私は評価を「事実の特定および価値の判断を行うことで『改善を手助けする』こと」と定義しています。医療で例えるなら、手術で悪いところを切り捨てるのではなく、改善する道筋を照らしてくれる人間ドックみたいなものですね。
- 評価は数値化できるのでしょうか?
数値化出来るのかどうかよりも『数値化する必要があるのか』を考えてみましょう。もし、出資者である市民に業績を公開するとなれば、数値化されなければ人々が理解できないので、評価は数値化されるべきです。でも、ミュージアムの改善にとって数値化された評価はあまり意味がありません。展覧会の何が良くて何が悪いのかという原因は数字からは特定できないからです。その時に役立つものの一つが、専門家が書いた展示批評です。批評の文章というのは極めて主観的であり、客観性が担保されていません。しかしながら、専門家の知見を基に書かれているため、非常に説得力があり、博物館においては有効な評価となります。実際、現場ではそういう評価が一番求められていますね。
- これが最後の質問になりますが、そもそも博物館は一体なんのためにあると思いますか?
一つは行く人のためにある、好きな人のためにある。これは絶対に否定できないことです。もう一つは公共性の面ですね。ミュージアムが学術的・文化的価値を持っているのは勿論ですが、ミュージアムがあることでボランティアの制度ができて、その地域の絆が深まり、そこに展覧会が来ることで経済が動く。そういう社会的・経済的価値が、ミュージアムにはあります。
以前本を読んでいて「ミュージアムは民主主義の学校だ」という言葉に出会いました。それには二つの意味合いがあります。第一に、ミュージアムはヨーロッパの市民革命を通して得られた民主主義の産物であるということ。そして第二には、ミュージアムへの関わりを通して民主主義を学ぶ場であるということです。
ミュージアムは「誰がそこに関わって良いのか」という範囲が曖昧ですよね。子どもでも大人でもいいのです。その中で、みんなでミュージアムのイベントを作っていく。必ずしもミュージアムの人間だけが企画するわけではないので、みんなで意見を出し合いながらミュージアムを作り上げていけばいいのです。その過程が、ミュージアムが民主主義の学校だといわれる理由だと思います。だから私は人々が社会と関わる姿勢を学ぶために博物館はあるのだと考えています。
日本のミュージアムは、まだ敷居が高いように思われているのが現実です。しかし、佐々木さんはその現状を改善しようと研究なさっています。そんな佐々木さんがリニューアルに携わった北大博物館が7月26日にオープンしました。この記事を読んでミュージアムに興味を持ったあなた。ぜひ一度、北大博物館へ足を運んでみてはいかがでしょうか?
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この記事は、小川凜さん(文学部1年)、菅原葉野さん(文学部1年)、永島野利子さん(総合文系1年)が学部授業「北海道大学の『今』を知る」の履修を通して制作した作品です。