「北極」ときいてどんなところを想像するでしょうか。茫洋とした広大な氷の海でしょうか。厚い氷の上をホッキョクグマが悠然と歩く姿でしょうか。いま、その北極の氷が地球温暖化の影響で融けて減少しています。ですが海氷減少による悪影響の一方で、資源開発の活発化や北極海の航路としての活用など、北極域の環境変動は、新たな利権を生み出す側面も持っています。北極域研究センターは、北極域の持続可能な活用と保全を目的とし、2015年4月に設立されました。教授の大塚夏彦さんに、北極の現状と研究の目的や内容について伺いました。
[北大人図鑑 No.4]北極クロスオーバー研究者 大塚夏彦さん
――いま北極で何が起きているのですか?
地球温暖化の影響で海氷が融け、氷で覆われた部分の面積が減ってきています。過去35年間で夏季の海氷面積はおよそ3分の2に減少しました。これにより、北極域に生きる野生動物の生息地は徐々に減少しつつあります。たとえば、北極にはアザラシが数種いますが、彼らは春先に海氷の上で出産と育児をします。ところがその海氷が減ったために繁殖場が少なくなり、個体数が減少しているのです。さらに、そのアザラシを餌とするホッキョクグマも数を減らしています。
(北極海の海氷面積は毎年3月に最大、9月に最小となる。
2012年9月に観測史上最小を記録した)
温暖化の影響を受けるのは野生動物だけではありません。北極海沿岸の氷河が融けて海に淡水がたくさん流れ込むことで、海の塩分濃度が低下します。すると、水温の低さも手伝って大気中の二酸化炭素を吸収し、海水が酸性化するのです。
――温暖化は氷を融かすだけでなく、生態系バランスも崩してしまうのですね。
はい。水や大気は地球の中で循環していますから、思わぬところへ思わぬ影響がでたりします。たとえば、北極以外の場所で生成された有害物質が雲となって北極に運ばれ、そこで雨や雪となって降り注ぐ、いわゆる越境汚染が深刻です。北極以外の住民が北極のことを真剣に考えなくてはならない時期に来ているのだと思います。北極域研究センターでは、北極とその周辺地域で起きていることを、分野を限定することなく総合的に把握して問題解決へとつなげるための研究を行なっています。
(電磁誘導式氷厚計による船上からの氷厚計測のようす)
――北極域の保全だけでなく、利用に関する研究も進んでいますね。
海氷が減少したことで、夏の間は砕氷船でなくとも北極海を航行できるようになりました。この北極海航路は、日本やアジアと欧州を結ぶ新たな航路として世界から注目を浴びています。従来の航路(南シナ海やスエズ運河等を通る南回りルート)よりも、運航コストを大幅に削減できる可能性があるためです。ですが、北極海航路を安全に航行するための情報がまだ足りません。そこで、氷の厚さや海流のパターン、海底地形、海氷が船体におよぼす影響などについて、観測や実験、衛星データ解析や予測モデリングによって「北極航路航行支援システム」を作成したいと思っています。
(「北極航路航行支援システム」の観点)
――今後、どのような研究をしていきたいですか?
北極域には、古くからそこにすむ人々がいます。彼らの生活環境や利益を損なうことなく、かつ、船会社、荷主、社会の便益を最大化できるような事業シナリオを作成したいです。北極域を、「つかう(利用)」と「まもる(保全)」とが両立した持続可能な社会のモデル地域にできたらと思っています。
(北極域研究センター 正面玄関前にて)
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大塚さんがお話しするイベントが開催されます。
極北に針路をとれ ~北極海航路が拓く新時代~
日 時:2016年12月11日
場 所:紀伊國屋書店札幌本店1階インナーガーデン
ゲスト:大塚夏彦さん(北海道大学北極域研究センター教授)
参加費:無料・事前申し込み不要
詳細は【こちら】