R1、ヤクルト、乳酸菌ショコラ、…。腸内フローラと私たちの健康との密接な関係が明らかになってから、名だたる食品メーカーが手を変え品を変え、様々な健康志向食品を世に送り出してきました。そんな、熱い研究領域である腸内フローラの謎に迫るべく、相棒のマウスとともに日々研究に取り組んでいます。
【坂本佳奈子・農学院修士1年】
北の大地に憧れて
私は生まれも育ちも東京です。シティガールと言われては、どうして北大来たの?と聞かれるまでが恒例です。食を通じて人々の健康に貢献したいと思い、農学部への進学を決意した高校時代。食品系を学べる大学は他にも沢山ありましたが、農学部といえばやっぱり北大でしょ!という、道外出身にありがちなロマンを抱き、北の大地にやってきました。
腸内細菌、キミに決めた!
当初から志望していた農学部に進んだ私に転機が訪れます。とある講義で、食品による腸内フローラの改善が健康への新たなアプローチとして期待されていることを知り、腸内細菌の可能性にすっかり魅了されていくのです。
研究室配属の直前まで食品系と微生物系で迷ったものの、「腸内細菌は今まさにホットな研究領域ですよ」という教授の言葉を受け、せっかく研究するならやりがいのありそうなことがしたい!!と決意。こうして微生物の世界に飛び込みました。
腸内細菌のせいで肥満になる?
私たちヒトの腸内には、なんと約38兆個、500~1000種類もの腸内細菌が生息しています!世界の人口が約70億人だと思うとものすごい数ですね。多種多様な細菌たちは、種類ごとにまとまって互いに競ったり助けたりしながら、一種の生態系を構築しています。この生態系のことを、腸内細菌たちがお花畑のように群生している様子に例えて、「腸内フローラ」と呼びます。腸内フローラの変化は、宿主であるヒトの健康と密接な関係にあると考えられています。
脂っこい食事を続けるとどうなるでしょうか?当然ながら太ってしまいますよね。実は、どうやら肥満にも腸内細菌が関わっているようです。肥満の人の腸内では、デブ菌 (Firmicutes) の増加とやせ菌 (Bacteroidetes) の減少が見られることが報告されています。しかし、腸内フローラと肥満発症の関連については解明が進む一方で、「なぜ高脂肪食を食べると腸内フローラが変化するのか」は不明な点が多いままでした。そこで、私の研究室が着目したのが「胆汁酸」です。
デブ菌増加の鍵を握る胆汁酸
胆汁酸は、脂質の消化吸収を助ける胆汁の主成分で、高脂肪食の摂取によって分泌量が増加します。肝臓で合成されたものを一次胆汁酸、腸内細菌によって構造が変化したものを二次胆汁酸と言います。胆汁酸は腸内細菌による変換作用を受けつつ、自身の殺菌作用により腸内細菌の生育に影響を及ぼしています。殺菌作用の強さは胆汁酸によって大きく異なることが知られており、例えば、ヒトの主要な一次胆汁酸であるコール酸は、二次胆汁酸であるデオキシコール酸に変換されると10倍の殺菌作用を示すことが報告されています。
(胆汁酸と腸内細菌の関わり)
このような背景から、私の研究室は「高脂肪食の摂取によって増加した胆汁酸が腸内フローラを変化させているのではないか」と予想して、そのことを確かめるためにマウスにコール酸を与えてみました。すると、殺菌作用の強い胆汁酸の増加や、デブ菌の増加・やせ菌の減少が確認されました。やはり胆汁酸が腸内フローラの変化に関わっていそうです。
現在私は、マウスに高脂肪食またはコール酸を与える試験を行っています。そして、これらのマウスの腸内フローラと胆汁酸のデータを比較することで、「高脂肪食によって増減するデブ菌とやせ菌の中で、一体どの菌がどのようなメカニズムで胆汁酸によって増減するのか」を解明することを目指しています。
スパンの長い実験
私の研究は時期によってやることが変わります。大きく分けると、➀マウスの飼育、②マウスから採取したサンプルの分析、③分析で得られたデータの解析の3つになります。
マウスの飼育は約2ヶ月半にわたります。えさと飲み水の交換を週3回、ケージを掃除したり、30匹以上のマウスの体重を1匹ずつ量るといった作業を週1回。それらをすべて1人でやることもしばしばです。マウスの脱走くらいでは動揺しない鋼のメンタルが身に付きます。
次はサンプルの分析です。マウスから採取した糞便や盲腸内容物からDNAや胆汁酸を抽出し、DNAの配列を読む装置や、胆汁酸の濃度を測定する装置などを用いて分析を進めます。ここが最も骨の折れる段階です。特に、カピカピに乾燥させた糞便をすり潰しては100 mg測り取る作業を延々と2時間行うときの虚しさったらないです。丸1日かけてDNAを抽出して、濃度を測定して、DNAを増やして、電気泳動で確認して、精製して、また増やして…。分析を始めてから1、 2ヶ月。遂に、腸内フローラと胆汁酸のデータが出揃います。マウスを飼い始めてからデータを集める間に、季節が一つ変わります。
最後に、出揃ったデータについて統計解析を行うことで、腸内フローラと胆汁酸の関係をより詳細に調べていきます。数学嫌いのなんちゃって理系にとって、統計解析は理解するのも一苦労。実験の条件に適した手法を見つけるため、統計学の勉強にも地道に励んでいます。
メカニズム解明の先にあるもの
腸内フローラが胆汁酸によって変化するメカニズムを解明することは、新たな肥満の治療法を開発することにつながる可能性があります。例えば、殺菌作用の強い胆汁酸の生成を抑制するような食品の開発が進み、デブ菌とやせ菌のバランスを調節することで、肥満を予防できるようになるかもしれません。将来、私の研究が人々の健康に役立つようになればとても嬉しいです。
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この記事は、坂本佳奈子さん(農学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
坂本佳奈子さんの所属研究室はこちら
農学院 共生基盤学専攻 食品安全・機能性開発学講座
微生物生理学研究室(横田篤教授)