「観光学」という学問を知っていますか? 今や誰もが観光をする時代。観光産業は、20世紀の世界を変えた石油産業に次ぐ経済規模になっており、21世紀のグローバルフォース、「世界を変える力」とまで言われています。その観光を研究する場所が、2006年に北海道大学に設立された観光学高等研究センターです。産業という側面からの観光学ではなく、「地域」をキーワードにして研究している2代目センター長、西山徳明さん(教授)にお話を伺いました。
【岡田篤弘・文学部1年/松本雄大・総合理系1年/山﨑美空・総合理系1年】
――先生がキーワードにしている、「地域による観光」について、教えてください
地域っていうのは、どんな小さな農村でも、大都市であっても、まさに総合的な存在なんです。例えば大都市は消防署がネットワークを作って防災してますが、小さな村でも地域の人たちが消防団で消火活動をするわけです。だから大都市であっても小さな村であっても結局は同じ機能がないと地域は成り立たないんです。観光も一緒で、地域を売りだそうとすれば、関連するあらゆる人たちとの関係を構築していったり、問題を解決していったりしないとできない。いろんな人たちが複雑に絡み合って、地域で観光をやっとできるようになっていく、ということですよ。
――「地域による観光」に興味を持ったきっかけはなんですか?
僕、一番最初に入ったフィールドが沖縄県の竹富島だったんです。その地域で調査を任されて、美しい集落のすべての建物を調査したんです。で、「こんなものが南海の離島にあるなんてすごい!」と。
(1985年当時の竹富島の様子)<写真提供:西山徳明さん>
だけど1985年当時、バブル真っ盛り、観光開発真っ盛りだった。僕は「島の素晴らしい環境を守らなきゃいけない、観光はこの島を滅ぼす産業だ」と思った。だけど、地域の人たちは明日来る観光客からいかに稼ぐかを考えていますから、誰も僕の言う事なんか相手をしてくれないわけですよ。で、「この島を何とかして守るには、観光を勉強しなきゃいけない」と思ったんです。
(当時の西山さん。奈良県新薬師寺にて)<写真提供:西山徳明さん>
――今は美瑛でも研究をしていらっしゃいますが、美瑛の魅力とは?
(美瑛のなだらかな丘の景観)<写真提供:美瑛町>
美しい丘の景観があってね、北海道を代表する景色なんですよ。あの景観って、何が本州と一番違うかっていうと、農地なんです。本州に行ったら農地は田んぼで平べったいでしょ? だけど、北海道はジャガイモ畑とかなので平らじゃなくてもいいんです。水を溜めなくていいから。だから、緩やかな丘をそのまま畑にしていく。すると、すごく面白くて美しい景観が沢山出てくる。美瑛は農地なんです。
――美瑛にはどのような問題があるのですか?
農家の人は一生懸命農業やってるだけなのに、その農地に人が「綺麗だ綺麗だ」と言ってやってきて、土足でどんどん畑の中に入って写真を撮って、「邪魔だからどけ」って言われたりして… 要するに、農業の景観で人が来てるのに、農業を営んでいる人には全然恩恵がない。むしろ迷惑みたいなね。こういうトラブルが非常に多く起きるわけですよ。なぜそんなトラブルが起きるのか? もうちょっとお互いが幸せになれる方法はないのか?という課題は北海道に固有な課題です。
(侵入禁止の看板。問題となっている土足で踏み込む観光客の対策)
この北海道に固有な課題を、美瑛で一生懸命取り組んで解決すれば、それがいろんな地域に役に立つわけです。なので、僕らは北海道に来て、どこに先端的、普遍的な課題があるかを探って、美瑛に「ツボ」があるって思ったんですよ。
――ずばり、美瑛の「ツボ」とは何なのでしょうか
竹富島は外部資本との戦いで、リゾート会社や開発会社と住民の間に問題があったんですが、美瑛の場合は戦っているのは一部の農業者と行政です。行政が、良いことと信じて丘の景観を宣伝し、農地を観光資源にしてしまった。そして人が沢山来るようになった。だから一部の農業者は、観光客とそれを無差別に入らせている行政に腹を立てている。このようにどこに問題があるか、つまり「ツボ」があるかを見つけることが、我々がやっている「地域」をキーワードとした観光学の仕事なんです。
――そのような問題を解決するために、今、力を入れていることはなんですか
とにかく人材を育てたいわけですよ。地域で観光を創り出せる人材を。それをデスティネーション・マネージャーと名づけて、2017年6月から「デスティネーション・マネージャー育成プログラム」をやっています。
(根室で演習中のデスティネーション・マネージャー履修生の皆さん)<写真提供:石黒侑介さん>
今観光地として有名な場所は、観光カリスマみたいな人がたまたまいて、そういうリーダーシップを持った人が活躍することで地域が有名観光地になったりしているんです。だけど、今すごい勢いで外国人も来て、観光に取り組まなきゃいけないときに、1人の天才がいるかいないかで地域の運命をかけるわけにはいかないでしょう。観光カリスマがどこにでもいるわけではないんですよ。
大事なのは、地域を目的地、「デスティネーション」としてマネジメントするという考え方です。観光客の「目的地」としてだけじゃなくて、自分たちの地域を客観的に見て、自分の地域をよそとは違う形でアピールするために、自分たちの地域を「目的地」として理解してマネジメントする。それをデスティネーション・マネジメントっていうんです。
これをやる人を育てるのが、今うちが一生懸命やっていることです。あと5年10年したら、そういう人が育って、ほんとに地域で観光創造されていく時代が来るんじゃない? ぜひ、あなた方にも参加資格ありますよ!
この記事では現在の観光学、西山さんの過去、観光学を研究している理由についてまとめました。後編では、西山さんの内面を作った本を紹介します。
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この記事は、岡田篤弘さん(文学部1年)、松本雄大さん(総合理系1年)、山﨑美空さん(総合理系1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。