ひざの関節が傷むとどうなるのか?
骨の先端部分の軟骨が傷んでいるために、歩くたびにひざが痛い。そんな「膝の変形性関節症」の人が、現在日本中に1000万人以上いると言われています。私は、独自に開発した特殊な「ゼリー」を使って関節の軟骨を再生する研究を行っています。
人間が歩くときには、膝の関節がスムーズに動かなければなりません。そのため、関節の表面はツルツルとした関節軟骨という組織でおおわれています。ツルツルな面と面が向き合っているので、なめらかに動くのです。つまり摩擦が少ないということで、正常な関節軟骨の摩擦はアイススケートリンクをスケーターが滑るときの、実に10分の1です。
さて、その大切な関節軟骨ですが、これは、一度傷んでしまうと、自然に再生することができません。しかも、損傷を受けた軟骨は表面がデコボコになり、動かすたびに関節が変形していき、変形性関節症になってしまいます。そうなると、膝の曲げ伸ばしが十分にできなくなったり、足に体重をかけるたびに膝に痛みを感じるようになったりして、歩くのもたいへんな状態になってしまいます。これは珍しいことではなく、日本人の実に10人に1人が、変形性関節症で困っているのです。
(人間の右ひざ関節:変形性関節症。青い線で囲った場所:表面が正常の軟骨でおおわれていてツルツルしています。赤い線で囲った場所:表面の軟骨が傷んでいてデコボコに変形しています。)
自己再生する「軟骨」を作る
変形性関節症の治療法で一般的なのは、人工関節を取り付けることです。しかし、金属製の人工関節を取り付けるためには自分の関節を切り取らなければなりません。リハビリを行えば再び歩けるようになりますが、人工の関節なので、一度手術をしたからといって永久に使い続けることはできません。やがて表面が擦り減っていくので、15年程度で再び手術を行って人工関節を交換しなければならないのです。
では、そのようなわずらわしい手術を繰り返すことなく、健康なひざを手に入れるにはどうしたらいいのでしょうか。
自分の関節軟骨がいつまでも元気で、健康な関節を維持できるのが最良の方法です。そこで、損傷を受けた関節軟骨に何か別のものを移植して軟骨を再生させようと考え研究に取り組んだのです。
軟骨を再生させる、ふしぎなゲル
実験をかさね、北海道大学で独自に開発されdouble network hydrogel (DNゲル) という特殊な「ゼリー」を使用する方法にたどり着きました。
このDNゲルという物質は、特殊な加工により非常に高い耐久性をもっているのです。
(Double network hydrogel(DNゲル) 出典:J. P. Gong, "Why are double network hydrogels so tough?", Soft Matter, 6,2583(2010))
これを使って、まずは動物の関節の中で実験を行いました。ウサギの膝の中の関節軟骨をくりぬいて、膝関節軟骨損傷モデルを作ったのです。
軟骨をくりぬいたままのウサギでは、くりぬいた部分に軟骨の再生は起きませんでした。そのままにしておけばやがて変形性関節症になるのは明らかです。そこで私たちは軟骨をくりぬいたところの奥にDNゲルを移植しました。数週間が経過するとDNゲルの上に良質な関節軟骨が再生されることがわかったのです。
これは、画期的なことです。再生しないと言われていた関節軟骨を再生させることに成功したのです。
(ウサギのひざ。軟骨をくりぬいて、奥にDNゲルを移植しました。数週間後、DNゲルの上に良質な関節軟骨が再生しました。)
なぜDNゲルの上で軟骨が再生されるのか? その理由は、はっきりとわかっていません。現在、顕微鏡を使って、ゲルの上で細胞がどのようにふるまうのか、細胞レベルでどのような情報伝達が行われているかを調べています。未熟な軟骨細胞をゲルの上で育てて顕微鏡で観察すると、通常よりも早く軟骨になるのがわかりました。
実験は進んでいますが、DNゲルを使って人の膝をなおす段階には至っていません。人間にも応用できるように日々研究を続けている最中です。近い将来、関節軟骨を再生することが可能になれば、歩行する時に膝の痛みを感じる人を減らせます。みんなが元気な膝を維持して元気に歳をとり、いつまでも高い生活の質を維持できる幸せな未来を目指しています。
※ ※ ※ ※ ※
この記事は、和田進さん(医学研究科博士課程1年)が、大学院共通授業科目「セルフプロモーション1」を履修するなかで制作した作品です。