太陽から遠く離れた冥王星。その平均距離は地球と太陽の距離の40 倍近くもあり、表面温度が-220℃というこの星の表面は氷に覆われています。しかし2016年に、その下に広大な「内部海」が存在する可能性が示唆されました。なぜ、氷の下で水が凍らずに存在し続けられるのでしょうか。
この謎に迫ったのが鎌田俊一さん(理学研究院 准教授)たちです。鎌田さんらの研究チームはその原因は氷と内部海の間にあるガスハイドレートにあると考え、2019年に「冥王星の海はガスハイドレートに包まれ断熱されている」と題する論文を発表しました。そこで示された理論は、内部海が凍りつかない理由だけではなく、冥王星のその他のふたつの奇妙な特徴も説明できる画期的なものでした。
この理論に至るまで、さまざまな分野の研究者からのアイデアによる突破というプロセスがありました。今回は、そんな新たな知を生み出した研究の舞台裏について鎌田さんに振り返っていただきました。
【大竹駿佑・CoSTEP本科生/環境科学院修士1年】
「内部海」とはどういうものなのでしょうか?
内部海というのは、天体の内部に存在する液体の水からなる「海」を指します。かつては、海を有する太陽系天体は地球のみと考えられていました。しかし、探査や研究が進み、現在では木星の衛星であるエウロパやガニメデ、土星の衛星のエンセラダスなどでその存在が考えられています。水の海の存在は、生命が存在する条件のひとつと考えられているので、このような環境をもつ天体の研究から「生命を育みうる環境が、この宇宙にどれだけ存在しているのか」をきちんと知ることができると思っています。
地球外生命の存在や生命の誕生に繋がる、壮大な研究テーマですね。冥王星の内部海にはどのような特徴があるのでしょうか。
既に内部海の存在が考えられている木星や土星の衛星では、惑星と衛星の間で働く潮汐力1)が熱源となって、内部海が凍らないということがわかっています。そのため、これまで冥王星は表面が他の天体以上に冷えているだけでなく、潮汐力による加熱もないため、液体があったとしてもすべて凍りついてしまい、内部海の存在はありえないと思われていたんですよね2)。でも、2015年に探査機ニュー・ホライズンズが初めて冥王星の画像を接近してとらえ、それをもとに科学者らが解析したところ、内部海があることが示唆されました3)。
その他にも、赤道付近の巨大な盆地という、やはり従来の惑星科学では説明できない奇妙な特徴も見つかりました。盆地はえぐられている分だけ軽いので、安定して自転するためには自転軸上の極にあるはずなのです。でもそうではないとなると、逆に盆地の部分は重いものがあるということになります。それは何かというと内部海だと考えられました。つまり、盆地の部分は氷が薄く、そのかわりに比重が大きい液体の水からなる内部海が厚くなっているということです。でも、長い時間でみると氷は水飴のように流動し、その厚さは徐々に均一になっていく性質があります。そのため氷が薄い盆地部分も、厚さは均一になっているはずなのに、何らかの作用によって薄いままになっているのです。
太陽系の中でも特にミステリアスな天体だったんですね。
冥王星の謎は三つです。ひとつ目は内部海が極寒の環境下でも凍らずに存在し続けられること、ふたつ目は氷の厚さがそのままで巨大盆地が赤道に存在し続けられること、そして三つ目は彗星などの太陽系外縁の天体にほとんど含まれていない窒素に富む大気を持つことです。従来の地上からの観測から、冥王星の大気の組成は、近いところに位置している彗星などの小天体とは異なり、窒素を非常に多く含むことが知られていましたが4)、その理由はわかっていませんでした。
ひとつ目の、なぜ内部海が凍らないのかという課題については以前から木村 淳さん(大阪大学 助教)と、ふたつ目の、なぜ氷の厚さが変わらないのかという課題についてはフランシス・ニモさん(カルフォニア大学 教授)と共に、それぞれ取り組んでいました。フランシスさんは2016年11月のネイチャー論文で、冥王星の内部海の存在を最初に指摘した人です。
フランシスさんも、内部海が維持される理由や、赤道に盆地が存在する理由について考えていたのですが、海に溶け込んだアンモニアの量が非常に多く、大きな凝固点降下のために凍らないと考えていました。ただ、彗星にはほとんどアンモニアは含まれていないので、かなり不自然な冥王星組成を想定されていました。私と彼で「変じゃない?」「でも他に代替案ある?」「わかんないね・・・不思議だね」って話をしてました。
どこかおかしいとわかっていても、既存の理論を覆すことができなかったんですね。では、どのように謎が解明されていったのでしょうか?
2017年度に「水惑星学の創成」という研究プロジェクトに、私の先輩にあたる関根康人さん(当時東京大学 准教授、現東京工業大学 教授)からお声がけいただいて参加しました。このプロジェクトは、海を持つ天体を研究しようというもので、日本中からさまざまな分野の研究者があつまりました。このなかのメンバーとのやり取りの中で、冥王星の三つの謎を解明するアイデアがうまれ、2019年の論文につながることになります。
ただ、その8月のキックオフミーティングの時点では、冥王星に注目していたのは私しかいなくて、大体みんな土星の衛星エンセラダスや火星とかについて研究したいという話でした。地球の海底下にあるガスハイドレートについて研究していた谷篤史さん(神戸大学 准教授)も「エンセラダスの内部海の中でガスハイドレートはどこでできて、どこに行って、どのような影響をおよぼすのか明らかにしたい」というようなことを言ってたんですよ。でも、ある時にそのスライドの中に記載されていた図がふと思い出されて、「あっ!これ冥王星で使える!」と思ったんです。
地球の専門家のお話が、着想を得るきっかけとなったんですね。最終的にどのような理論を導き出したのでしょうか?
私たちは、冥王星の氷と内部海の間には、固体のガスハイドレートの層があるのではないかと考えました。ガスハイドレートには、高い断熱性をもっていること、そして氷以上に硬く変形しにくいという特徴があります。この点については、水やガスハイドレートの物性などが専門の野口直樹さん(徳島大学 助教)との議論が助けになりました。
そして私たちは、内部海の凍結にかかる時間が、ガスハイドレートの有無によってどう変わるのかをコンピューターシミュレーションで算出しました。すると、ガスハイドレートがある場合、内部海は凍らないという結果になりました。
また、ガスハイドレートがある場合、氷地殻の厚さの均一化にかかる時間も10億年以上の時間を要するという、従来とは大きく異なる結果をシミュレーションで導き出しました。ガスハイドレートがあると氷地殻は内部海に直接触れないのであたためられず、冷たく硬く保たれるからです。
ガスハイドレートによって、凍らない内部海と、一部凹んだままの氷地殻という冥王星のふたつの謎を説明できたわけですね。
それだけでなく、三つ目の謎である、窒素が多い冥王星の特徴的な大気組成についても説明できます。ガスハイドレートは、窒素ガスと炭素系ガスが一緒に存在している環境では、メタンや一酸化炭素などの炭素系ガスの方をとりこんで生成されやすいという化学的性質があります。つまり、ガスハイドレートが結果的にフィルターのような働きをして、窒素ガスだけが冥王星の大気中に放出される、というメカニズムなわけです。そもそもそれらのガスがどこから供給されるかについては、倉本圭さん(北海道大学 教授)に「内部海の下にある岩石核には、有機物もたくさん含まれるはず。その有機物が熱分解すればメタンや窒素もたくさんできるのでは」というアドバイスをもらいました。
実はこのガスハイドレートと冥王星の大気との関連を思いついたのは、「水惑星学の創成」のプロジェクトリーダーである関根さんです。ガスハイドレートの層が内部海を維持するというアイデアについて、谷さんと野口さんにお声がけし、関根さんに「面白くないですかこれ!?」と言ったら、その後に関根さんが、冥王星の大気の謎も一緒に解けることに気がついたんです。
さらに、ガスハイドレート層ができる天体の条件が言えれば、天体が内部海を維持できるメカニズムについて一般的な議論が展開できます。つまり、水を持つ天体が存在する可能性が増えたということになり、その意味で本研究は大きなインパクトを持っていると思います。
異なる専門家同士のチームワークで新たな理論が生み出されたんですね!
そうですね。いろんな人が集まって、ひとつのアイデアで三つの謎が解けました。そういう点で今回の研究はすごい面白い体験でしたね。
今回の取材では、多様な研究者のつながりとお互いの考えを受け入れる柔軟な姿勢が、謎を突破する思わぬアイデアに繋がっていくという、研究の内部事情をお伝えしました。
鎌田さんは現在、木星の氷衛星ガニメデを探査する欧州宇宙機関(ESA)の計画「JUICE (Jupiter ICy moon Explorer)」に、関根さん、倉本さん、木村さんと共に参加しています5)。探査機は今年6月に打ち上げられ、内部海をもつと考えられているガニメデに到着するのは2029年になる予定です。これからも研究者たちのチームワークと新たな成果に注目です。
今回紹介した研究成果は、以下の論文にまとめられています。
注・引用文献:
- 潮汐力とは、天体の各部分にはたらく重力と天体の重心にはたらく重力との差のこと(日本天文学会『天文学辞典』より)。詳細は土星の氷衛星エンセラダスについてまとめた「いいね!Hokudai」の記事「私と友人と、彼方の星の内部海」を参照。
- Robuchon, G. & Nimmo, F. 2011: “Thermal evolution of Pluto and implications for surface tectonics and a subsurface ocean”, Icarus, 216, 426–439.
- Nimmo, F. et al. 2016: “Reorientation of Sputnik Planitia implies a subsurface ocean on Pluto”, Nature, 540, 94–96.
- Young, L. A. et al. 2018: “Structure and composition of Pluto’s atmosphere from the New Horizons solar ultraviolet occultation”, Icarus, 300, 174–199.
- JAXA 2017: 「JUICE木星氷衛星探査計画ガニメデ周回衛星」(2022年1月15日閲覧).