細胞にある染色体のうち、雌雄で数や形の異なる対をなしているのが性染色体です。X染色体は、雌雄に共通する性染色体で、他の染色体には見られない特異な現象が存在します。X染色体上に存在する、ほぼすべての遺伝子の発現が、一斉に活性化されたり、抑制されたりするのです。この現象は哺乳類の雌の細胞でしか観察されず、メカニズムについては未だ多くの謎が残っています。私は現在、この現象に関与している遺伝子の機能を調べています。
【岡村遥・生命科学院修士1年】
研究室メンバーと、なんと初の集合写真:左から吉田先生、自分、中塚さん
後ろには私の卒業研究ポスターが貼ってあります。
X染色体の役割
細胞の核の中にあるDNAには、生物が生きていく上で必要な情報が全て書き込まれています。これが遺伝子です。膨大な情報量を持つがゆえに、DNAはとても長い分子です。そのため、核の中でコンパクトに収納され、染色体という構造をしています。ヒトの場合、1つの核の中に46本の染色体が存在します。その中でもX染色体は、Y染色体とともに性染色体とよばれ、これら2つの染色体は哺乳類の性決定に関与しています。X染色体を2本持っていると雌になり、X染色体1本とY染色体1本を持っていると雄になります。
X染色体にはたくさんの遺伝子が存在していますが、実を言うと、その多くは性決定に関与していません。これらの遺伝子は、個体の生存に必要な遺伝子であり、X染色体を持たない個体は生存できません。
ところで哺乳類の雄は、X染色体を1本しか持っていませんが、ちゃんと生存できています。ということは、X染色体は1本あれば、個体の生存には十分なのです。では、X染色体を2本持っている雌の細胞ではどのようなことが起きているのでしょうか?
X染色体の不活性化
実験に使用している雌マウス培養細胞の染色体
雌の細胞のX染色体は2本のうちの1本が「不活性化」されています。つまり、X染色体上に存在するほとんどの遺伝子が働かないように制御されているのです。こうすることによって、雄と雌での染色体の本数の違いをうまくカバーしているのですね。
両方のX染色体が活性化していても問題ないのではないかと思う方もいるかもしれません。しかし、ヒトでは、X染色体の本数が通常よりも多いまたは少ない場合、男性・女性の両方において発育や性徴が正常に起こらないことがあると報告されています。したがって、1本のX染色体を不活性化するということは、個体の正常な発生に不可欠であると考えられます。
不活性X染色体を活性化するメカニズムを突き止める
私はマウス培養細胞を用いて、このようなX染色体の活性状態の調節に関わる遺伝子を研究しています。この遺伝子を導入した細胞では、不活性なX染色体が再活性化します。私は、この遺伝子が他のどのような遺伝子やタンパク質と作用して機能しているのかを解析しようと、DNAやRNA、タンパク質といった、目に見えない分子を相手に日々格闘しています。
マウスの細胞の核(青)と不活性化したX染色体(赤)
また、顕微鏡観察も、私たちの研究室でよく用いる実験手法です。細胞や染色体を観察して、遺伝子の導入前後で変化が起きていないかを調べます。上の写真のように、X染色体に赤い蛍光色素を結合すると、不活性X染色体が凝集したようすを見ることができます。この赤いシグナルがあるかどうかを、100~200個ほどの細胞を観察し、ひたすら数えます。とても肩の凝る実験です。
細胞の操作中
X染色体の遺伝子制御メカニズムがわかれば、将来は染色体数の異常によって生じる病気や障害を治療・予防する方法が確立できるのではないかと考えています。私たちの研究室はとても小さく、先生と学生合わせて3人です。今回この記事のために初めて集合写真を撮りました。この記事を読んで、この研究に興味をもってくれる人が増えたらいいな、そして私たちの研究室に入ってくれる人がいたらいいなと思っています。
※ ※ ※ ※ ※
この記事は、岡村遥さん(生命科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
岡村さんの所属研究室はこちら
北海道大学生命科学院 生命科学専攻 生命システム科学コース ゲノム機能科学分野
遺伝子機能研究室(滝谷重治 准教授、吉田郁也 助教)