本書は、桜井泰憲さん(北大大学院水産科学研究院特任教授)が30年におよぶイカの研究の成果をまとめた書下ろしです。みなさんはもうお読みになりましたか?
スルメイカ、ホタルイカ、ソデイカなど、多くのイカの寿命は1年です。短い一生の間に、イカは比較的海水温の高い産卵海域と成長に適した低温海域をダイナミックに回遊します。「季節の旅人」という副題は、そんなイカの生態に由来しています。
この本を読むと、桜井さんがイカを研究している水槽(初めは水量4トンの、後には300トンの大水槽)を通して、日本海からオホーツク海、太平洋と日本を取り囲む大海原、さらには地球規模の海洋環境をのぞきこんでいるような気持ちになります。
ヤリイカの交接(函館市国際水産・海洋総合センター大水槽で撮影)
写真提供:水産学部海洋生物科学科資源生物学講座 時岡駿さん
桜井さんの研究以前には謎につつまれていたイカの生態ーイカの年齢はどのようにわかるのか、イカは光が好きだから漁火に集まるのか、イカの卵はどうして見つからないのか、などなどーが、ひとつひとつ明らかになっていくようすを、まるで読者も現場に立ち会っているかのような臨場感で読み進められることでしょう。
ちなみに、イカの年齢は日単位で正確に知ることができ、明るいところよりは薄暗いところが好きなので集魚灯でできた漁船の影に集まり、シャボン玉のようにふんわりした卵塊が海水温の差による密度躍層に浮いていて、つかみどころがないので見つかりにくい…のだとか。
300トンの巨大水槽がある函館市国際水産・海洋総合研究センター
冬の風が強い年が続くとスルメイカが減る、と聞けば、「風が吹けば桶屋が儲かる」式のなぞかけのようですが、この本を読むと合点がいくはずです。
研究者は、研究対象への愛情をもつとはよく言われます。この本には、まさしく桜井さんのイカ愛があふれています。イカの魅力、イカ研究の魅力を存分に伝えるだけでなく、イカの色や動き、海水の冷たさ、卵塊の質感など五感に訴えてくる、サイエンスコミュニケーションのお手本と言ってよい1冊です。
函館市国際水産・海洋総合研究センターへは、路面電車にのって函館どっく前下車
「イヤイヤ・マーク」「座るスルメイカ」「イカの苦悶死」などなど、研究の現場で使われているユニークな表現がそのまま本文や小見出しに使われていて、読者も研究者になった気分で体験を共有できるのも参考になります。
スルメイカは、直径80cmにもなるゼリー状の卵塊を産むそうです。うまくタイミングが合えば、函館市国際水産・海洋総合研究センターの大水槽で、私たちもその巨大な卵塊を見ることができるかもしれません。
研究のわくわくを体感できる本として、またイカ学への手引きとして、おすすめです。
—-桜井さんの研究を紹介しているこちらの記事もご覧ください—
(2015年08月07日)