北海道大学に入学した新入生の私たちは、大学のキャンパスにいくことが制限され、講義もオンライン中心です。大学で研究をしている先生方と会って直接話すことも難しい状況です。でも、せっかく北大に進学したのなら、大学で行われているホットな研究について研究者に直に話しを聞いてみたい。そう考えて、私たちは、北海道大学で「金星大気のスーパーローテーション」について研究している、堀之内武さん(大学院地球環境科学研究院 地球研科学部門 大気海洋物理学分野 教授)にお話をうかがいました。地球惑星分野に興味がある北大生、これから学部を決めようと思っている1年生、そして北大を目指している高校生は必読です。
【村上知広・総合理系1年/飯塚舜・総合理系1年/岩田陸・総合理系1年/廣木健人・医学部保健学科1年/屋敷祐奈・総合理系1年】
研究対象の金星のスーパーローテーションについて教えてください。
まず、金星の自転の話しをします。金星は地球と逆方向の西向きに自転しています。金星の自転のスピードは非常にゆっくりです。地球の自転の周期が1日なのに対して、金星は地球の時間で約243日かけて一回転しています。固体としての金星の上空にある大気は、自転軸の向きに自転を追い越すような形で流れています。このように自転を上回る速さで大気が移動している状態をスーパーローテーションといいます。スーパーローテーションの「スーパー」は「すごい」という意味ではなくて「~を超える」という意味を表しています。
ここで、よくある質問の一つに「地球の中緯度に吹く西風も地球の自転の向きに自転を追い越すように吹いています。そういう風ををスーパーローテーションと言わないのですか」というものがあります。結論から言うと、スーパーローテーションとは言いません。このことを解説するために、物理をやっていない人向けに角運動量保存則を説明しておきます。
フィギュアスケートのスピンを思い浮かべてください。手足を広げて回るとゆっくり回転します。手足を縮めると回転が速くなります。この時、回転の速さ自体は変わっているけれど角運動量自体は変わっていません。さて、惑星の低緯度、つまり赤道近くは、惑星の直径が大きいので、さっきのフィギアスケートのスピンでいうと手足を広げている状態に当てはまります。角運動量保存的に考えると、低緯度でゆっくり吹いている風でも、中緯度、すなわち手足を縮めた状態に持っていくけば、スピードがずっと速くなることがわかります。このように、中緯度ぐらいで惑星の自転を超えるスピードの風が吹いても、それは簡単に実現するので、スーパーローテーションとはいわないのです。一方で、赤道近くで自転よりも速い風が吹くことは、実現が難しいのです。そういう状態だけをスーパーローテーションというのです。
金星に関して言うと、回転角速度の差がものすごく大きいので、中緯度の風を赤道に戻したときでも、圧倒的にその大気のほうが自転よりも速いスピードになります。そういう意味で、金星は大気全体のほとんどがスーパーローテーションの状態にあるのです。
スーパーローテーションのもうひとつの定義の仕方としては、角運動量を大気全体で積算して赤道と比べて惑星よりも早いのかどうかを計算するということがあります。金星は積分量でも圧倒的に大きいスーパーローテーションというようなこととなります。
スーパーローテーションの研究は金星大気の3次元的な動きを明らかにし、金星の気象学を確立することを目的とした金星探査機「あかつき」を用いて、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共に行われていると聞きました。堀之内さんは、どうしてJAXAと関わることとなったのですか。
もう15年位前のことだったと思いますが、金星の惑星大気に関する研究会のお誘いがありました。私自身、当時は金星の話しは少し聞いていて面白そうだなと思っていたくらいでしたが、専門の地球流体力学の関係から、様々な大気の流れに興味があったので、とりあえずその研究会に参加してみることにしました。私はいつもそうなのですが、自分にとってわからないことについては、相手にどんどん質問するのです。そうやって質問をしているうちに、惑星探査に関わる人たちとも仲が良くなって、そこで金星の観測計画に関わらないかという話につながりました。そのときにはすでに「あかつき」の計画があったので、そこのサイエンスチームに入ることになりました。
(後日、堀之内先生の研究室を訪問しました。実際に研究に用いているデータについて説明していただきました)
JAXAと共同で研究を行うことについて教えてください。
この金星のスーパーローテーションについての研究は、共同研究以外はあり得ないです。なぜならば、最終的に科学的成果が出る前に様々なステップが必要になるからです、JAXAはもちろん、多くの研究者の協力なしに、最終的な科学的成果を出すことができないのです。
「あかつき」の打ち上げには、JAXAの協力がもちろん欠かせません。「あかつき」がすでに打ちあがっていて金星を回っている状況になったら、日々、金星を観測することになります。観測を行うためには「あかつき」を運用しなければなりません。金星を観測するだけでも、多くの協力が必要になります。
「あかつき」は、気象衛星「ひまわり」のように、日々の金星の写真をとってデータとして送ってきます。しかし「あかつき」から送られてきた金星のデータをそのまま使うことはできません。一つは、金星の様子を観測するために「あかつき」に備え付けられたセンサーには、場所によって様々なノイズのパターンや、感度の良し悪しがあるのです。ノイズを補正するためには、データのばらつきの統計をとる必要があります。それをもとに、データを補正することでちゃんとした画像が出てきます。その上で、写真の明るさを決めなくてはいけません。
もう一つ大変なのは、写真をとった金星の位置を正確に特定することです。考えてみると「あかつき」が金星を周回しているといっても、実際には金星から離れたところから、ずいぶん先にあるもののデータを望遠鏡で取っているわけです。探査機の向きの情報だけで、カメラに映った金星の場所がどこなのかを特定するのは難しいのです。「あかつき」の場合どうしているかというと、金星の端が映っている画像のそれぞれの端を合わせることで最後の微調整を行っているのです。こういった画像の微調整やデータを作る仕事をメインにやっている人が私の他にいます。
そして、私たちは金星の雲追跡をすることで風速を測定しています。今使っている雲追跡プログラムのおおもとのアルゴリズムについては、私の研究室にいた大学院生と私が相談しながら考案していったものです。そうやって作ったプログラムを「あかつき」に実装するにあたっても、多くの人の協力を経ています。「あかつき」を用いた金星のスーパーローテーションの研究は、多くの人が協力して成り立っているんです。
(地球環境科学研究院にあるレリーフです。これ一枚で地球環境を説明しているそうです)
後編では、堀之内さんが研究者となる「きっかけ」や学生に求めること、学生へのアドバイスを中心にお話をしてもらいます。お楽しみに。
この記事は、村上知広さん(総合理系1年)が中心となり、飯塚舜さん(総合理系1年)、岩田陸さん(総合理系1年)、廣木健人さん(医学部保健学科1年)、屋敷祐奈さん(総合理系1年)が、全学教育科目「北海道大学の「今」を知る」の履修を通して制作した成果物です。
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