前回の記事では加藤博文さん(アイヌ・先住民研究センター 教授)の研究についてお話いただきました。
今回の記事では、幼少期に興味があったもの、大学でロシア語専攻に決めたときの裏話、その決断を今どう思っているのか、研究を支えるモチベーションなど、加藤さんの素顔に迫っていきます。
さらに、記事の最後では、北海道大学で今年度から始まった、世界で初めての、国際的な先住民研究についてのお話を伺いました。加藤さんはそこで、どんな未来を目指していくのでしょうか?
【千葉太翔・総合理系1年/沼大輝・総合理系1年/森下瑛斗・水産学部1年】
幼少期の加藤さんはどのような子供だったのでしょうか?
えっとね、僕はちょっと変わった子でして、実は僕お城が好きだったんです。お城って言っても、天守閣とか建物を写真に撮ったり絵に描いたりっていうのじゃなくて、縄張り、つまり石垣とかお城の平面図が好きだったんです。幼稚園ぐらいの頃からお城の縄張り図を紙にボールペンで書いたりとか石垣の積み方をお城ごとに色々調べてこの石垣いいなあとか。だから僕はお城の研究をするんじゃないかと小学校中学校くらいまでは思ってましたね。割と歴史の好きな子供ではありました。
現在加藤さんは考古学を専門としていますが、大学生時代はロシア語を専攻していたと伺いました。それはなぜだったのでしょうか?
これはちょっと面白いんですけど、高校のときに思ったんですね、漠然と何をしようかなと。たまたま父親の知り合いで編集者をしてる人がいて、その編集者が何人かの考古学者を紹介してくれたんです。そのときに会った考古学者の人に、考古学をやりたいなら外国語を何か一つ学んだ方がいいと、学ぶのであればロシア語がいいと言われたんですね。そこでロシア語学科に進学しました。だから実は高校三年生のときに頭の中にロシア語を学ぶという発想はなかったんです。後付けなんです。
ロシア語を学ぶことは先生の研究にとって役に立ちましたか?
そうですね、言葉をある言語から別の言語に翻訳することの難しさに気づくことができました。例えば、辞書を引いたり、機械で翻訳したりっていう形では、単純に言葉が置き換えられますけど、それでは本当の意味は伝わりません。言葉というのは生きていて、生活があって、使う場所があって、話している人たちがいるんです。そして、生きた言葉が使われている空間やその背景を理解することで初めて全体が見えてくるんですね。そういった意味で言うと、ロシア語にしてもアイヌ語にしても何かの言語を学ぶことは、実は文化を理解し、解釈するときにとても役に立ちます。
学ぶことによって話せたり、読めるようになるというより、その言語の裏側にある文化などを知れるということですね。
はい。ロシアの詩人の詩を、ただ日本語に翻訳しても実は理解できないんです。それを理解するためにはやっぱりロシアの文化やロシア人のメンタリティや考え方みたいなものを知って、ロシア語の言葉のピッチでロシアの詩を読んで、初めてその世界が理解できるわけですよ。外国語を学んだことって実は私にとってはぐるっと回って、アイヌの今の文化や歴史を学ぶときにも反映されています。
加藤さんの研究を支えるモチベーションについて教えてください。
まだ答えに到達しないっていうことだと思います。何か一つ明らかにしようとして研究しますよね。最初に自分が知りたいと思ったこと何か少しでもわかったと、そうすると次の疑問が見えてくるんですよ。山登りに例えると、今目の前に見えてる山、この山を登ろうと思って登るんです。でもその山の山頂に立つとさらに先にもっと高い山が見えてくる。またその山に登りたいと思って登るんだけど、またそこには次の山がある。このように研究というのは実はある種エンドレスなんですね。一つのことがわかると、次のまた知りたいことがそこに見えてくるという魅力があります。
逆な言い方をすると多分僕がその研究に関するモチベーションをなくしてしまうときっていうのは、おそらく自分の中にそういった疑問、知りたいと思うものがなくなったときだと思うんです。知りたいと思うものがある間は、研究というのはずっと続いていくと思うんですね。
加藤さんはアイヌ研究をされていますが、そこにおいてもやりたいこと、知りたいことがまだあるということですか?
アイヌ研究のことでいうと、実はアイヌ出身の研究者がまだ少ないんですよ。アイヌ民族と一緒に北海道の歴史文化遺産を研究することはまだ現実的には難しい。そういう部分をやはり変えていく必要があって、アイヌ民族の歴史や文化をアイヌの人たち自身がアイヌの人たちと一緒に研究できるようにしていかなきゃいけない。何よりアイヌ民族出身の研究者を育てなきゃいけないんです。
僕は大学で教員をしていますから、アイヌ民族の立場に立って北海道の歴史を作っていくこと、それからアイヌ民族出身の研究者を育てること、これがやっぱり大きなゴールなんですよ。そういった意味でいうと実はまだ、道半ばどころか入り口に立ったぐらいの状況なので、やることがたくさんあって、モチベーション自体は続いています。
最後に加藤さんの今後の展望についてお聞かせください。
北大に国際連携研究教育局「GI-CoRE」といって世界各地から有名な先生方を北大に呼んできて、国際共同研究を展開するというプロジェクトがあります。そのなかの一つに先住民・文化的多様性研究グローバルステーション「GSI」というプログラムを4月から立ち上げました。世界の7か国から研究者が北大に集まってきて、共同研究をするんです。海外からの研究者が北海道を訪問して、北大のキャンパスを舞台に、先住民研究の未来、文化的多様性をさまざまな角度から研究して、多様性をもった社会モデルを提案していこうというプロジェクトです。
北海道から、北海道大学から、次の先住民研究のステージ、地平を切り開く研究を立ち上げたいなと思っています。実は世界各地の先住民研究を一つの場所で、世界各地から研究者や先住民族が集まって共同研究をする場って世界的にもないんです。GSIは、それを北海道の北大に立ち上げようということでスタートしたプロジェクトなんですよ。北大発信で北大にしかできない研究を、日本というよりはむしろグローバルに、国際社会をターゲットにして展開したいと思っています。
この記事は、千葉太翔さん(総合理系1年)、沼大輝さん(総合理系1年)、森下瑛斗さん(水産学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。