苦い食べ物は好きですか? 多くの人は、苦いものよりむしろ甘いものを好むと思いますが、苦味に興味をもち、研究している人が北大にいます。加藤英介さん(農学研究院 准教授)です。そもそも私たちが苦味を感じるのは、口の中に苦味受容体があるからです。しかし近年、口以外の体内の様々な場所でこの苦味受容体が発見されています。それらは一体何をしているのか、加藤さんに詳しくお話を伺いました。
【佐藤匠馬・総合理系1年/中谷海渡・総合理系1年/武藤和・総合理系1年】
まず苦味受容体とは何か教えてください
その名の通り、体の中で苦味化合物を感知して、それを苦味として脳に伝えるはたらきを持つタンパク質のことです。基本的に、苦「味」受容体といわれるのですが、化学物質受容体と呼ばれることもあります。なぜなら口だけじゃなくて体内の他の部分にもあって、外から来た悪い成分、毒性成分などを認識して、それに対応するはたらきがあるからです。
口の中にだけあると思っていたのですが、体の他の部分にもあるんですか?
はい。実は体中の色々なところにあるんです。例えば、よく研究されているのは、胃や小腸の中にある苦味受容体です。そして今一番研究されているのは気道、つまり喉ですね。ただ喉の苦味受容体には、別に「苦い!」と感じる働きはないんです。喉の中の細胞が苦味成分を認識すると、繊毛を動かして粘液と一緒に苦味成分を排除するようなはたらきを誘導します。
加藤さんはその苦味受容体について、どのような研究をされているのでしょうか
僕は脂肪組織と肝臓にある苦味受容体のはたらきを研究しています。その研究の入り口として、PCR法で苦味受容体の遺伝子発現を見ています。今のところ脂肪組織にも肝臓にも苦味受容体の遺伝子が発現していることを確認しています。ただ、タンパク質が作られないと苦味受容体として機能することができないので、本当に脂肪組織や肝臓で苦味受容体が機能しているかは明確に言うことができないんです。
苦味受容体の研究で難しいことはありますか?
苦味受容体ってヒトの場合全部で25種類あるんです。このたくさんありすぎることが研究の難しさですね。一般的な方法としてタンパク質解析するときには抗体を使います。苦味受容体にくっつく抗体を使ってあげて抗体の場所を検出すれば、それを目印に苦味受容体があることが分かるんですよ。けど25種類あると、そのぶん抗体が必要になってくる。それがまだ全部はないんです。そこがすごく難しいですね。
25種類! 苦味以外の受容体もたくさんあるのでしょうか
実は甘味の受容体は1種類しかないんです。その1種類で砂糖、ブドウ糖、甘味料などを認識しています。甘味はエネルギーになる糖だけが認識できればいいので、そんなに多くは必要ないんです。一方で、一般的に苦味は悪い成分とされていて、体にとってはすぐにでも認識すべき存在です。だから害のある多様な成分を認識できるように、苦味受容体は非常に数が多いと考えられています。
防御のために苦味は発達したということですね
一般的にはそう言われてます。だけど実のところ、そうでもないのでは?と僕は考えているんです。それを主張したいので、今の研究をやってるというところもあります。
防御のためだけではない、となると苦味受容体は何をしているのでしょうか?
これまでお話したように、食べ物の中にある苦味成分を感知している。そして、食べ物かどうかとは関係なく「有害なもの」を感知している。そして三つ目の可能性として、脂肪細胞にある受容体は、舌にある苦味を感知する受容体とは違って、なにか別の物質を感知して、脂肪前駆細胞から脂肪細胞への分化を直接制御しているかもしれない、と考えています。脂肪組織にある受容体は、遺伝子やタンパク質としては舌にある受容体と全く同じだけど、全く別のはたらきを持っていて、ぜんぜん違う物質を認識している可能性はある。実は意外とそういう受容体は多いんですよ。
その研究はどのように日常生活に活かされるのでしょうか
もし苦味受容体があり、脂肪細胞の分化を制御してその数を調節しているとします。増えた脂肪細胞はどんどん脂肪をためていって、結果太るわけです。この場合、脂肪細胞の苦味受容体をうまく使うことができれば、太りにくい体をつくることができるかもしれない、ということになるんです。この話は、私が食の研究に興味を持ったきっかけや、苦味受容体を研究しようと思ったきっかけとも繋がるんですよね。
加藤さんは、食べ物を通して糖尿病や肥満を予防する研究もされていますね
糖尿病の研究では、食べ物を通して血糖値の上昇を抑える方法を探しています。私たちが注目したのは、糖質消化酵素のはたらきを阻害する方法です。デンプンを食べると血糖値が上がりますよね。デンプンはアミラーゼとグルコシダーゼという2種類の糖質消化酵素によって、グルコースに分解されてから体に吸収されるんです。私たちが取り組んでいたのはグルコシダーゼを阻害するポリフェノール類ですね。また、最近では、プロアントシアニジンというカテキンの重合体がアミラーゼを阻害することを発見しました。
それで、ポリフェノール類やカテキン類にはさまざまな化合物があるのでが、その一部は苦い物質でもあるんですよ。
前半では加藤さんの研究についてお聞きしました。苦味受容体は口の中にあって苦味を脳に伝えるモノだと思っていましたが、実は25種類もあって、口の中以外でもさまざまな働きをしているのですね。そして一見無関係に思える苦味受容体と脂肪、肥満と糖尿病には、実は意外なつながりがあるかもしれないのだとか…。後半ではこの意外なつながりと、加藤さんが苦味受容体の研究を始めたきっかけについて掘り下げます。
この記事は、佐藤匠馬さん(総合理系1年)、中谷海渡さん(総合理系1年)、武藤和さん(総合理系 1 年)が、一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。
引用文献
- 加藤英介 2020: 「今日の話題:口腔外組織における苦味受容体の発現とその機能 体の中でも苦味を感じる」『化学と生物』58 (1), 2-3.