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冬眠する「シリアンハムスター」の秘密

ハムスターって冬眠するの?実は、ペットとして飼われている種類のほとんどは冬眠をしません。しかし、元々シリアやトルコに住んでいた「シリアンハムスター」と呼ばれる少し大きめの種類は冬眠可能で、冬の間は、体温を極端に下げた状態から再び37℃付近まで急激に上げるサイクルを何度も繰り返します。こうした長時間の低体温や急激な体温上昇は体に大きなストレスとなり、他のハムスターなら死んでしまいます。シリアンハムスターはなぜ耐えることができるのでしょうか?その秘密に迫る北海道大学の研究1)をご紹介します。

〈イラスト: 大内田 美沙紀〉
冬眠する動物、しない動物

そもそも冬眠とは、体温を保つ動物が厳しい気候や食物条件である冬に、活動を停止してやり過ごすことです。哺乳類4,070種のうち、コウモリ、シマリス、クマなど、およそ5.7%が冬眠すると考えられており2)、それらの動物は体温を低くして生命維持のためのエネルギーを節約する驚異的なシステムを持っています。

なぜ冬眠できる動物は長期間の低体温の維持や急激な体温の上昇に耐えられるのでしょうか?その仕組みのほとんどは解明されていませんが、これらの動物の細胞を取り出して調べてみると、その細胞が低温に耐えられることまでは分かっています。例えば、冬眠するシリアンハムスターの肝臓の細胞は低温に耐えられますが、冬眠しないマウスの肝臓の細胞は温度の低い状態が長く続くと死んでしまいます。

今回、低温科学研究所の山口良文さんたちの研究グループは、シリアンハムスターとマウスの肝臓の細胞を比べることで、冬眠を可能とする動物の体のしくみに迫りました。

鍵となる栄養素はビタミンE

低温に耐えられる細胞はいったい何が違うのでしょうか?研究グループはしらべていくうちに、餌と関係があることを見つけました。ある栄養素が少ない餌をシリアンハムスターに与えて育ててみたところ、その肝臓の細胞のほとんどが低温では耐えられなくなることが分かったのです。その栄養素とは、ビタミンEです。細胞は過度なストレスがかかると死んでいくようにプログラムされているのですが、どうやらビタミンEにはそれを防ぐ力があるようです。ビタミンEは果実や木の実に多く含まれている栄養素で、実際、冬眠する哺乳類は野生では夏の終わりから秋にかけて、これらの食物を大量に食べたり、巣穴に貯蔵したりします。

おもしろいことに、シリアンハムスターに与えていたビタミンEが多く含まれる餌 をマウスに与えてみても、マウスの肝臓の細胞はやはり低温では耐えられないことが分かりました。しらべてみると、マウスの肝臓や血液中のビタミンE濃度は低いことが分かりました。一方、シリアンハムスターはマウスと比べて10倍以上のビタミンEを保っていることが分かりました。シリアンハムスターには効率良くビタミンEを吸収して濃縮させる力があるようです。

ただ、不思議な点も残されています。ビタミンEが少なめの餌をシリアンハムスターに与えて育てると、その肝臓の細胞は低温には耐えられませんでした。しかし、シリアンハムスター自体は問題なく冬眠できることが観察されたのです。その血液をしらべてみると、冬眠しない時期に比べてビタミンE量が5-10倍増加していることが分かりました。これらの事実から、シリアンハムスターは冬眠の際に、肝臓以外の臓器などからビタミンE量を体の中でうまく調整している可能性が高いことが考えられます。シリアンハムスターの体にはまだまだ複雑なしくみが絡んでいるようです。

将来は、医療でも役に立つ?

今回分かったことが、もしかすると将来、ヒトの医療でも役に立つ日が来るのかもしれません。例えば、現在医療の現場では、臓器移植の際に移植する臓器が長時間温度の低い状態でいたり、急激に体温に近い温度に上昇させるときに、痛んでしまう問題があります。小型哺乳類の臓器で分かったことがヒトの臓器でそのまま通用するのかはまだ分かりませんが、ビタミンEが低温や温度変化による細胞の死を防ぐことを示した今回の結果は、移植治療で使う臓器を健康的に維持する方法のヒントになるのかもしれません。

まだまだ解明したい、冬眠の不思議

それでは、シリアンハムスター以外で冬眠する哺乳類も同じくビタミンEをうまく活用しているのでしょうか?実は、しらべてみると、ビタミンE量が少ししか検出されないにもかかわらず低温に耐えることができた動物もいました。もしかすると、それらの動物はビタミンE以外の何かが冬眠の機能に関わっているのかもしれません。例えば、冬眠をするジリスは、冬眠中にビタミンCを肝臓で作り出し血液に供給させることによって細胞の死を防いでいるという研究結果も出ています3)。

今後、ビタミンE量が体の中でどのような仕組みで巡ってどのような役割を果たしているのかさらに追求し、しらべる哺乳類の数や種類も広げる必要がありますが、今回シリアンハムスターで分かった研究成果は、長年の謎である冬眠の解明への一つの鍵となるでしょう。

【大内田 美沙紀・北海道大学CoSTEP】

注・参考文献:

  1. 北海道大学 2021: プレスリリース「冬眠哺乳類の低温耐性にビタミンEが関わることを発見〜臓器移植・臓器保存への貢献に期待」(2021年6月28日)。論文はAnegawa, D., Sugiura, Y. Matsuoka, Y. et al. 2021: “Hepatic resistance to cold ferroptosis in a mammalian hibernator Syrian hamster depends on effective storage of diet-derived α-tocopherol”, Commun Biol 4, 796.
  2. 川道武男・近藤宣昭・森田哲夫(編)2000:「冬眠する哺乳類」東京大学出版会.
  3. Draw, K.L., et al., 2002: “Role of the antioxidant ascorbate in hibernation and warming from hibernation”, Comparative Biochemistry and Physiology Part C: Toxicology & Pharmacology, 483-492.

山口さんを紹介しているこちらの記事もご覧ください

  • 【バトンリレー】#41 分子冬眠学者・山口良文さん(2019年7月12日)

 

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