「北海道は夏でも涼しい」はウソだったのか…これが札幌に来て初めて夏を迎えた私たち1年生の率直な気持ちです。近年の札幌は異常に暑く、エアコンのない家が多いため熱中症の危険性も高いとききます。一方で、冬はとても寒くて雪が積もる。どうやったら快適に過ごせるのでしょうか。今回お話を伺ったのは、森太郎さん(北海道大学 工学研究院 建築都市部門 空間デザイン分野 建築環境学研究室 教授)です。室内環境が人の健康にどう影響するかについて研究されている森さんに、断熱の効果、正しい換気方法、北海道での快適な過ごし方について教えていただきました。
【今井隆心・総合理系1年/竹中かれん・総合理系1年/原七海・総合理系1年/古久保亜留久・文学部1年/安田大樹・総合理系1年】
夏を涼しく、冬温かく過ごすには?
まずは、北海道に引っ越してきたばかりの私たちが一番気になっていたことを質問しました。
北海道も年々気温が上がっているとききます。夏を涼しく過ごす方法はありますか?
日中と夜間で対策を変えると効果的です。日中はカーテンを閉じて日差しを入れないこと、夜間は換気を意識するとよいですね。北海道の夏は、夜になると室内より外のほうが涼しいことが多いので、換気をして外の空気を取り込むことが大事なんです。換気扇をつけるのが有効ですね。また、換気ルートができるように窓を2つ開けるのが理想的です。それができない場合は、窓を一つ開けるだけでも、冷たい空気が窓の下部から入ってきて温かい空気が窓の上部から外へ抜けるという換気ルートができるので、部屋は涼しくなります。カーテンは空気の移動を邪魔するので、夜は開けておいたほうがよいですよ。また風通しをよくするために、冷蔵庫、テレビ、洗濯機、PCのように熱を出しやすい家電は、壁にくっつけないで置くほうがよいですね。
では反対に、冬にあたたかく過ごすにはどうしたら良いでしょうか?
本州の人は日当たりのよい角部屋を選びがちなんですけど、実は北海道ではそれは正しくないんですよ。熱は壁から外に逃げるので、外に面する壁の面積は小さいほうが良い、つまり角部屋よりも部屋に挟まれた部屋の方が、熱が逃げにくいので寒くなりにくいんです。
また冷暖房費を節約するためには、自分の部屋の設定温度を、夏は隣の部屋より少し高く、冬は隣の部屋より少し低くする、という裏ワザがあります。熱は暖かいところから寒いところに移動しようとするので、そのように設定すると夏は隣の部屋に熱が逃げてくれて、冬は隣の部屋から熱が伝わってくるんですよ。ちょっとズルいですけどね(笑)。
保温のカギは断熱材。暖房を入れなくても1日1℃しか下がらない!?
熱が伝わるしくみをうまく使うと上手に部屋の温度を管理できることがわかったところで、災害時などの非常事態にはどうしたらよいのか気になりはじめました。
ふだんは暖房をつければ寒さをしのげますが、例えば冬に災害が起きて停電したら、北海道の寒さは脅威ですよね?
その通りです。私は札幌市中央体育館の災害に備えるための設備計画に携わったのですが、そこでもっとも重要視したのは「断熱」です。体育館は避難所としてよく使われますが、ヒーターを入れると20℃ぐらいになるけれど、切ると一時間ぐらいで外気温と同じに戻るという温度変化をします。しかし建設時に断熱性能を意識した工法を導入すれば、大きな空間って温度が落ちにくくなるんですよ。暖房は大量にエネルギーを消費します。だから暖房なしでずっと温度を維持できることは、寒い地域の人にとって非常に重要なんです。
断熱材の効果の例を一つ挙げますね。北海道は真冬になると、部屋の中と外の温度差が20℃ぐらいになります。この条件で、厚さ10cmの断熱材を建物の外側に回してみました。すると、室温が20℃で外気温が0℃を下回るという状況でも、一日でなんと約1℃しか室温が下がらなかったんです。
断熱材を使えば、暖房を使わなくても、今日20℃、明日19℃、明後日18℃…っていう室温の下がり方で済むってことですよね?
まさにそうなんです。すごいでしょ?2018年9月の北海道胆振東部地震の時には最大で4日間停電があったのですが、20℃から下がり始めて16℃、ならまあ生きていけるじゃないかという感じですよね。
避難所での防災についての実験で、2月ぐらいの寒さの厳しい時期に、体育館で暖房なしで寝袋で寝てみたことがありました。コートを着て寝袋に入って寝てみたんですけど、寒くて寒くてとても寝られませんでしたよ。
熱の伝わり方の観点で考えると、夏場だと、体育館の屋根に日が当たってそこから熱が降りてきて室内が熱くなりますが、冬はその逆の現象が起こります。究極的には、-273.15℃の宇宙から自分の体からとにかく熱が引っ張られていっちゃうんですよ!自分の顔から熱が奪われていくのが確実に分かるんですよね。上を向いて寝ていると、おでこが痛くなって。寝袋を閉じれば温かくはなるんだけれど息苦しくて。一晩中その繰り返しで、瞬間的には寝られるけれど、「こりゃきついな」って。
・・・冬の北海道では停電すると命に関わりますね。断熱材を導入すればそのリスクをぐっと下げることができるんですね。
避難所運営ゲーム「Doはぐ」を触ってみた!
北海道防災教育アドバイザーを務める森さんは、北海道庁と協力して「Doはぐ」という避難所運営ゲームを作成しました。これは、静岡県で作られた避難所運営ゲーム「HUG」を北海道の気候や環境に合わせて一部作り変えたもので、避難所の運営を疑似体験できる教材です。
北海道庁からお借りして、私たちも実際に触ってみました。学校の体育館を避難所として、そこで起こりうるあらゆる困りごとが設定されています。例えば、「脚の悪い方がいる」「使えない部屋がある」といった条件でどう部屋割りを行なうか、や、さらに、「体育館の外には雪が深く積もっている」といった条件でどう物資を運搬するか、といった北国仕様の設定がありました。
コロナ禍に学ぶ理想的な換気システムとは
私たちは高校生の時にコロナ禍に直面しました。本州出身なので夏の暑さが厳しくて、窓を開けて換気するのが大変でした。北海道だと冬の換気が大変ですよね?森さんのご専門の立場からコロナ対策をどうお考えでしょうか。
コロナ禍が始まってからいろいろな場所に環境測定に行ったのですが、換気が甘いなーって思うことが結構ありました。でも今後は設計者の意識も変わってくるんじゃないかなと思っています。
その一つが学校です。今の学校はだいたい換気扇がついているのですが、運用されていないことが多いんです。今回のコロナ禍で僕たちがすごくもどかしいのは、みんな窓を開けて解決しようとしたことなんですね。窓を開けたからといって、十分に換気されるかは時と場合によって違うじゃないですか。風が吹いているかどうかや、外と中の温度差によっても変わるので。換気の基準を満たすためには、一人について、1時間で空気が30㎥入れ替わることが必要なんですが、それを窓だけで解決しようとするのは難しいんです。だから、ちゃんと「機械換気扇」を設置してほしいなと思っています。北海道のような寒い地域だと換気扇を回すと部屋がすごく寒くなってしまうので、「全熱交換換気扇」というものをつけたほうがいいですね。空気中に含まれる熱には、温度(顕熱)と湿度(潜熱)があって、全熱交換とはそのすべての熱(温度+湿度)を交換するという意味です。
教室って、たぶん建築空間の中で最も人の密度が大きい場所の一つだと思うんですよ。コロナ禍を、全教室にちゃんと全熱交換型の換気扇をつける良い機会にしたらいいんじゃないかなと思っています。そうすれば、学校という密度の高い空間で暮らす若い人の、健康で文化的な生活に大きく役立つんじゃないかなと。
さいごに
森さんにお話を伺って、ふだんの生活でも暑さ寒さを上手にやり過ごす方法があることを知りました。夏にこの記事を書いている私はさっそく、カーテンより風通しの良いずだれを購入して付け替え、涼しい部屋にすることに成功しました!また、まだ北海道の冬を体験していない私達ですが、冬の避難所での保温はまさに死活問題ですし、コロナ対策についても、室温を快適に保ちつつしっかり換気できる建築法があることを知って、保温・断熱に留意した学校の教室や体育館がこのさき普通になっていくと嬉しいなと思いました。
後編では、ひきつづき森さんに、国による建築法の違い、貧困問題と室内環境の関係、そして森さんが建築の道に進んだ経緯について伺います。
この記事は、今井隆心さん(総合理系1年)、竹中かれんさん(総合理系1年)、原七海さん(総合理系 1 年)、古久保亜留久さん(文学部1年)、安田大樹さん(総合理系1年)が、一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。