北海道大学病院では、2014年3月から北海道初の陽子線ビームを用いたがん治療を実現する陽子線治療センターの運用が開始されています。このような先端医療には医学と工学の連携による技術開発が欠かせません。北海道大学大学院工学研究院 教授の松浦妙子(まつうら・たえこ)さんは、量子ビーム・放射線を医療分野に適用する研究を推進し、医工連携で次世代の診断や治療を実現するための技術開発を進めています。
陽子線を使ったがんの治療とは
がんの治療法には、大きく分けて、手術でがんを取り除く外科療法、抗がん剤を使う化学療法、身体の外からがんに放射線を照射する放射線療法という、3つ治療法があります。
陽子線ビームを用いたがん治療は、放射線によるがん治療法の一つです。この治療法では、陽子(水素の原子核)を高速で加速し、がん細胞に直接当てることでがんを破壊します。治療に伴う痛みがほとんどなく、他の放射線治療に比べて副作用が少ないため、治療と社会生活の両立が可能であり、生活の質(QOL: Quality of Life)を維持しつつ、がんを治療できる最先端の治療法として注目を集めています。
陽子線治療の大きな特徴は、放射線が体内で放出するエネルギーの分布にあります。X線やガンマ線の場合、放射線は体に入ると徐々にエネルギーを放出しながら進み、体の奥深くまで到達する前にほとんどのエネルギーを失います。これに対して、陽子線は体内に入った後、ある特定の深さで突然大量のエネルギーを放出し(これを「ブラッグピーク」といいます)、その後はほとんどエネルギーを放出せずに停止します。この特性を利用することで、陽子線はがん細胞に直接大量のエネルギーを与えて破壊することができ、周囲の正常な組織へのダメージを最小限に抑えることが可能です。
動くがんをとらえる技術
肺がんのような呼吸により体内で「動くがん」は、がんの位置が常に変動しています。こうした動くがんに対して、体内のがんの位置を正確に把握するだけでなく、周辺臓器の状態も把握し、治療ビームの照射制御をおこなう技術が求められます。
松浦さんらは、最先端の陽子線治療装置を開発する産学連携プロジェクトのチームメンバーとして、北海道大学大学院医学研究院の白𡈽博樹教授が中心となって開発した動体追跡照射技術と、日立製作所が持つスポットスキャニング照射技術の両方を世界で初めて搭載したシステムを医工連携で共同開発しました。この装置の開発により、動くがんに対するより正確な照射と、その照射をより短時間に行い患者への負担を軽減することを両立させることが可能となりました。この装置は2017年に全国発明表彰「恩賜発明賞」を受賞しています。さらに2020年に北海道大学大学院医学研究院の白𡈽博樹教授が第 4 回 日本医療研究開発大賞 経済産業大臣賞を受賞しています。
2014年から北海道大学陽子線治療センターでは、松浦さんたちが開発した装置を用いてスポットスキャニング法による陽子線治療が行われています。
陽子線治療の未来
陽子線治療はピンポイントでがんを狙いうちすることができますが、陽子線は色も音もなく、どこに照射されたか実際にリアルタイムで見ることはできません。
松浦さんの研究室では、将来の技術として、陽子線照射位置をリアルタイムで可視化し、体内で動くがんに正確に陽子線を照射するためのリアルタイムイメージング技術の研究開発を行っています。この他にも治療直前や治療中に患者さんを精度よく位置決めするための技術などの研究開発にも取り組まれています。松浦さんたちの研究開発により、治療の精度を向上させるための技術が開発されれば、治療をより安心して受けられるものなりそうです。
2月18日には、松浦さんをゲストにお招きし、陽子線を医療分野に適用する研究を紹介してもらうサイエンス・カフェ札幌を開催します。医学と工学の間の医工学の世界について語っていただきます。ぜひ、ご参加ください。
【タイトル】 第134回サイエンス・カフェ札幌
「医学と工学のあいだで〜医工学の技術で実現する高精度な陽子線治療〜」
【日 時】 2024年2月18日(日)14:00~15:30(会場13:30)
【場 所】 紀伊國屋書店 札幌本店 インナーガーデン
(北海道札幌市中央区北5条西5-7 sapporo55 1F)
【対 象】 医工学の研究について知りたい方、陽子線治療のメカニズムを知りたい方 ※高校生以上
【定 員】 60名
【参 加】 無料
【詳 細】 https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/28909