宇宙には数千億個の銀河があり、多くの銀河はその中心部にブラックホールをもっています。光すら逃さない極めて強い重力をもつブラックホールは、その名の通り暗黒の存在です。しかし、その周りを100万度以上で燦々と輝くガスが取り巻いています。時空を歪めるほどの重力に引き寄せられたガスが摩擦によって輝いているのです。それは銀河中の星を集めても敵わないほどの非常に強いエネルギーで、宇宙を総覧してみても、ブラックホールのまわりは最も明るい場所のひとつといえるでしょう。
「暗黒と激光の両面の源泉」、「宇宙でもっとも劇的な力」。私がなぜブラックホール、ひいてはそれが生み出す重力に惹かれ、宇宙を研究するようになったのか。その魅力に迫ります。
【戸松勇登・理学院修士1年】
最も弱い力、重力
そもそも重力とは宇宙に存在する四つの力、(1)強い力、(2)電磁気力、(3)弱い力、(4)重力のうちの一つであり、電磁気力とともに日常で実感できる馴染み深い力ではありますが、実は非常に不思議な性質をもっています。
まず、ほかの三つの力と比べて非常に小さいという特徴があります。例えばクリップと地球の間には重力(万有引力)が働いていますが、磁石によって簡単に持ち上げられます。地球ほど重い物体の重力も、手のひらにおさまる磁石の電磁気力にはかなわないのです。
一方で、非常に強い重力は時空を歪めることができます。実際、重力によって時間が遅れて進むことでウラシマ効果が起こりますし、歪曲した空間はレンズとなって星の光を増幅したりします。
「重力映画」に影響を受けて宇宙物理の道へ
このような不思議な力、重力を主題にすえたSF映画があります。『インターステラー』(2014)とは次のような物語です。
「2067年の地球は深刻な異常気象に見舞われ、人類は滅亡しかけていた。もともとNASAのテストパイロットだった主人公のクーパーは、人類の新たな居住地を見つけるために謎の存在、“彼ら”が用意したワームホールを通って遠宇宙へ行く」
つまり主人公が地球人の移住先を探しに宇宙を旅する物語です。
しかし重力によって物語は不思議な展開をみせます。彼には10歳の娘がいたのですが、なんと地球に帰還したとき彼女は100歳近い老人になっていました! 主人公がブラックホール近くにいたために、地球では数十年が経過していたことが原因でした。これが先ほども述べた「ウラシマ効果」です。
私は中学生のときにこの映画を観たのですが、超自然的な現象を映像としてみせられて衝撃を受けました。またその原理が最も理性的な学問である物理学によって導き出されたということに大いなる飛躍を感じ、夢中になりました。いま学んでいることの先には映画のようなとても面白いことがあると信じて、勉強し続けました。そして私は現在、北海道大学理学院の宇宙理学専攻に所属しています。
超巨大なガスを素早く変化させるのは重力?
私はブラックホールまわりのガスが放射するエネルギーが数時間から数日という短い時間で変化するかどうかをモニタリングしています。例えば、ガス量が変化すれば放射エネルギーも変化します。
ではなぜ、数時間から数日という短い時間の変化に着目しているのか。ブラックホールまわりのガスはとても広く分布していて、光ですら横断するのに数日もかかります。ましてや物質であるガスは光より速くは絶対に移動できません。つまり、ガス自体の流れによって環全体が変化するとしたら、数年以上というとても長い時間がかかることになります。
しかし、観測技術の向上によって数時間から数日という短時間でガスの状態が変化していることを示すデータが検出されるようになりました。何か未知の機構が働いて、短時間変化を促していると考えられます。巨大なガスを短時間で変化させる黒幕の一人にブラックホールが考えられるでしょう。例えば二つのブラックホールが近づくことで激しく複雑な重力場が生成され、ガスの形を変えている可能性が考えられます。
宇宙の夜明けを目指して
ガスが放射するエネルギーを計算するといっても、それは容易なことではありません。宇宙にはガスのほかにもエネルギーを放射する天体が無数に存在し、それらと区別する必要があるからです。また、天気の悪い日に景色がぼやけて見えるように、天体観測も大気中の粒子の影響を受けます。その影響をのぞくことも必要です。このような要請に応えることで、やっとガスの明るさを計算できるのです。
宇宙という言葉は紀元前中国の哲学書『淮南子』からきています。「往古来今謂之宙、四方上下謂之宇(往古来今、これ宙と言う。四方上下、これ宇と言う)」。つまり、時間のことを宙、空間のことを宇というのです。ニュートン以来、重力の研究はアインシュタイン、ホーキング、ソーンらへと受け継がれ、400年間も続いています。しかし宇宙をその開闢からずっと満たしている重力の正体は、いまだに解明されていません。
私は重力そのものではなく、それが引き起こす宇宙現象を研究しています。重力の本質に迫る研究とは異なりますが、その痕跡であるブラックホールまわりのガスを追うだけでも重力は大いなる魅力を含んでいます。いつか重力、ひいては宇宙の全てを解明する“彼ら”の助けになるような事績を残せればいいと思います。
この記事は、戸松勇登さん(理学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
戸松さんの所属研究室はこちら
理学院 宇宙理学専攻
観測天文学研究室(徂徠和夫教授)