今日の朝ご飯は何でしたか? みなさんが朝食で食べたであろうごはんやパンに多く含まれる多糖の「でんぷん」は、体内で消化酵素によって分解されて、単糖のグルコースとなり、それを分解する解糖系で連鎖的な化学反応を経ることで、エネルギーになります。この代謝の仕組みは生物の授業で習った人も多いかもしれませんね。しかし、フィールドを海に変えてみると、世界中で誰にも知られていない代謝の仕組みが存在します。そこで私が注目したのは、コンブやワカメを食べる軟体動物。彼らは「でんぷん」を多く含まない海藻をどうやってエネルギーにしているのでしょう。
彼らが持つ、ヒトとは異なる代謝の仕組みを解明し、生物界の常識を超えてゆけ~!
【鈴木亜悠・水産科学院修士1年】
「アルギン酸」をエネルギー源とする生物
海の軟体動物と言えば、まず、肉食性のタコやイカが思い浮かぶかもしれません。しかし、中には海藻をエサとしているものもいます。その一種であるアワビやアメフラシは、岩肌を這い、歯舌と呼ばれる歯でコンブやワカメなどの海藻を削り取って食べます。彼らはその海藻に多く含まれる「アルギン酸」という多糖をエネルギー源にしていると考えられています。ところが、それをエネルギーにする仕組みの全貌は未解明です。私は、一見地味なこの生物が持っているかもしれない、全人類未知のメカニズムに強く興味を持ちました。
(実験に用いたアメフラシ (上) とエゾアワビ (下) )
ヒトとは異なるエネルギー生産の仕組み
私の研究室は、15年以上前から、藻食性の軟体動物であるエゾアワビがアルギン酸からエネルギーを生産する仕組みを研究してきました。エゾアワビは酵素を使ってアルギン酸を、単糖のDEH (4-deoxy-l-erythro-5-hexoseuose uronate) に分解します。デンプンの場合、酵素で分解されてできた単糖のグルコースは、解糖系 (EM経路) に入り、エネルギーになります。一方、アルギン酸を分解するためにはデンプンとは異なるエネルギー変換の仕組みが必要になりなす。なぜなら、アルギン酸分解物のDEHは、解糖系に入ることができないからです。そのため、エゾアワビの持つ酵素は、DEHをKDG (2-keto-3-deoxy-D-gluconate) という物質に変えます。そのKDGが解糖系 (ED経路) に入ることで、エネルギーに変わると考えられています。つまり、アルギン酸がエネルギーに変わるには、⓵アルギン酸をDEHに分解する、②DEHをKDGに変換する、二つの酵素がカギとなります。②の酵素をDEH還元酵素といいます。
⓵のアルギン酸をDEHに分解する酵素については、藻食性の軟体動物でも、すでに何種類か知られています。しかし2年前、私の研究室の先輩が、細菌では見つかっていたものの、軟体動物については今まで見つかっていなかった②のDEH還元酵素を、エゾアワビから発見しました。そこで私は、⓵の酵素を持つと知られているアメフラシが、DEH還元酵素も持っているかどうかを調べることにしました。もしこの酵素が見つかったら、他の軟体動物もエゾアワビと同じようなエネルギー変換の仕組みを持っていると予想できます。
(ヒトなどの高等動物 (上) とエゾアワビ (下) が多糖からエネルギーを得る仕組み)
未知の酵素を求めて…
酵素の探索は、時間との戦いです。なぜなら海洋生物が持つ多くの酵素は、室温でどんどんその効果を失ってしまう (失活する) からです。酵素を見つけるために、冷凍庫で凍っているアメフラシの肝膵臓を取り出します。この茶色の塊に、生物学の秘密が隠されていると思うと何だかわくわくします。続いてそれを粉々に砕き、ガーゼで濾過し、薬品で処理し、遠心分離し、乾燥させてパウダーにする、一連の複雑な操作が必要となります。最初は、午前中いっぱいかかったこの操作も、10回以上経験した今では1時間ほどで終わります。その手際の良さは、さながら一流シェフ。この後は4℃に設定された寒い部屋で、先ほどのパウダーから抽出した「酵素の原液」を分離装置にかけます。性質ごとに分けられた酵素液の中から目的の酵素を探し、また分離。これを何回も繰り返して、DEH還元酵素だけに絞り込んでゆくのです。約一週間つきっきりでお世話した酵素が失活してしまったときは、限定スイーツが目の前で売り切れたときのような悔しさになります。しかし、くよくよしている暇はありません。使った装置を洗浄しながら、失敗した原因を考えて、すぐに次の準備に取り掛かります。
これまでに私は「酵素の原液」を使って、アメフラシもアワビと同様に、DEH還元酵素を持つことを確認しました。これからは、その酵素を純粋なものにすると共に、詳しい性質を調べることで、生物学の新たな常識を作ります!!
(アメフラシの肝膵臓から酵素を探索)
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この記事は、鈴木亜悠さん(水産科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
鈴木亜悠さんの所属研究室はこちら
水産科学研究科 海洋応用生命科学専攻 海洋生物工学講座
高分子研究室(尾島孝男教授)