私たちは新型コロナウイルスの感染状況を下水から把握し、感染収束へ向かう切り札となる「下水疫学」の研究に尽力している北島正章さん(北海道大学 大学院工学研究院准教授)にズームを用いてインタビューしました。前編では北島さんが環境工学の研究者となった背景、海外留学での経験、そして研究について紹介します。
【荒木太郎・総合理系1年/高崎そら・総合理系1年】
環境工学の研究者になるまで
北島さんは、環境工学の研究をされています。どうしてこの研究分野を選ばれたのでしょうか?
僕の出身は佐賀県の田舎で、父は役所の環境整備課で下水道の整備に携わってました。父とは、環境や下水についての話をよくしており、小さい頃から環境を守ることの重要性を意識していました。東京大学に入学すると進振りといって2年の後期からどこの学科に行くかを決めるのです。環境に関わることを学びたいと思う一方で、物事の真理を追究する理学と社会の問題を解決する工学のどちらに進もうか迷った中で、環境工学を選びました。一つの理由は、工学は就職に向いているというアドバイスを親からもらったこと、もう一つは、社会に役立てるような研究や仕事をしたいという思いがあったからです。
環境工学を選んだ理由として、就職に有利というのが一因であるとあったんですが、北島さんは現在、研究職をされています。大学2年生の進振りの時に、研究者になる予定はありましたか?
当時は、まさか研究者になるとは思っていなかったですね(笑)。研究者になろうかと思い始めたのは修士の1年の秋ぐらいです。それまでは就職しようと思ってて、実際少し就活もしてました。
最初から、研究者を目指していたわけではないんですね。
研究者になろうと思ったきっかけは、函館での学会発表で賞をもらったことですね。頑張ったことが報われたことがすごく嬉しく感じました。研究もとても楽しくやれていたこともあって、そこで、研究者になろうと決心しました。
海外留学について
北島さんはアメリカに留学していたと聞きました、海外留学で得た経験でどんな変化があったと感じますか?
価値観が変わりましたね。例えば、日本の場合は、かなり仕事や研究に時間を割きます。それは日本人の勤勉な国民性で、それが美徳でもあります。一方、アメリカ人はワークライフバランスを大切にしています。だから、その影響で自分もプライベートを大切にするようになりました。
北島さんは語学力に定評があると聞いているんですけども、元々得意だったのですか、それとも留学してから語学力がついたのですか?
もともと英語は好きな方でしたので、平均的な東大の学生よりは英語は得意だったと思います。ただ僕は、帰国子女でもないですし、生まれ育ったのは佐賀の田舎なので、英語に触れるような機会が小さい頃からあったわけではありません。だから、アメリカに行ったときは、かなり苦労しましたね。英語に慣れるだけでも1年はかかりました。
当時研究室にいたとき、たどたどしい英語をしゃべっていたと思うんですけど、ひとつきっかけがあって英語力が伸びました。僕は学部生の時からPCRを使った実験をしていたので、PCRを使う実験が得意で、PCRを使うと新しいことがわかることがわかっていたんです。でも、僕がいたアメリカの研究室では、PCRについて詳しい人がいなかったんですよね。僕が研究室にPCRを導入すると、研究者から「マサアキPCRできるんだ。ちょっと俺の研究も手伝ってよ」、「これをPCRで測定してよ」と依頼がくるようになりました。すると、アイツに聞いたらPCR教えてくれて、そのアドバイスが的確であると話が広まって、どんどん他の研究員や学生から頼られるようになったんです。そうすると否応なく英語でコミュニケーションをするようになるので、それで英語力が格段に上がったんだと思います。
研究について
北島さんにとって研究とはどのようなものですか?
研究は、これまで積み重ねられてきた膨大な知識や知見、実験結果を前提にして、そこから先のほんの一部にしか取り組むことができないものです。そのため自分の研究の新しさや社会的重要性を示すことは簡単にはいきません。でも、自分のオリジナルな研究に取り組まなければならない、取り組みたい思いは強かったんです。過去に誰かがやったことの繰り返しだと面白みがないですからね。
改めて今、研究者の魅力はどんなことだと考えていらっしゃいますか?
自分のために時間を使うことができることですね。民間企業で、会社のために時間を使って、会社のために仕事をするか、自分の研究のために時間を使って、その成果が自分の名前で認めてもらえるかは全然違うことだと思っています。「北大の研究者が」ではなく、「北大の北島が」とメディアで紹介してもらえて世間に自分の名前を認知してもらえると一人の研究者として報われたなと感じますね。人材育成に貢献できることも研究者の魅力だと思います。自分のためでなく後進の育成にも時間と労力を使うことができる。そんなことのできる人は限られていると思うので、非常に光栄なことだと思っています。それから研究者は世界でたった1つしかない自分だけの仕事に挑むことができる数少ない職業だと思っています。今出しているデータは世界で自分しか知らないというのは快感です。
ギリシャ時代では学問は富裕層にだけ認められた「道楽」のようなものでした。そんな学問を今、僕は研究者として最先端の北大の環境で世界水準でもかなり高いレベルでできている。それは非常に幸せなことだと思います。
北島さんの研究を進める原動力になるものは何ですか?
研究の原動力はいろいろあります。一つは承認欲でしょうか。さっき述べたように研究成果を上げて、自分の名前で国内外に認められることは大事なことだと思います。もちろんそれだけでなく、自分の研究で社会に貢献したい欲求もあります。新型コロナウイルス感染症が広がり、今これだけの国家危機に瀕している中、自分の研究分野である下水疫学で国や自治体、大学や企業に貢献できる立場にあることは非常に幸せなことだと思っています。だから、自分の研究を社会のいろいろなところで役に立てることが、これからの研究の原動力ですね。
研究者のポストは限られていて、競争の激しい世界です。研究者として生きていくというのは厳しいことも一方ではあります。ですが、僕は研究が楽しいからやっているのだと思います。要するに「好きこそものの上手なれ」という感じです。自分のために時間を使って好きなことをやってお金がもらえる仕事に就けたことは、幸せなことです。でも、お給料のために研究を頑張っているというようなことは全くないですね。
まとめ
今回は北島さんが研究者になるまでの背景と研究者の魅力、これからのモチベーションについて取り上げました。環境工学の研究者という道を選んだ理由や海外留学での変化については学生である私たちにも参考になるお話で、お聞きできて光栄でした。特に北島さん自身が自分の現在の環境を恵まれている、幸せだと考えていらっしゃることはとても謙虚な考え方で、私たちも見習いたいと感じました。
後編では北島さんの研究について掘り下げます。北島さんが現在研究なさっている下水疫学を用いた新型コロナウイルスの流行状況の解析や、塩野義製薬との共同研究についてお聞きしました。この記事とつながっている点もありますので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
この記事は、荒木太郎さんと高崎そらさん(共に総合理系1年)が、一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。