一昨日、リスト・ベンジャミンさん(独マックスプランク石炭研究所)とマクミラン・デイヴィッドさん(米プリンストン大学)が、今年のノーベル化学賞を受賞されたことを速報でお知らせしました。リストさんは、特任教授、そして化学反応創成研究拠点(ICReDD)の主任研究者として北海道大学に在籍されています。本学関係者のノーベル賞受賞は、2010年の鈴木章名誉教授以来2人目ということもあり、関係部署は大盛り上がり。本記事では、午前中に行われた記者発表を中心に、受賞翌日の関係者たちの様子をお届けします。
【梶井宏樹・CoSTEP博士研究員】
いざ、発表会場へ!
記者発表の開始は化学賞発表翌日の午前10時30分でした。事前予想が非常に難しいと言われている化学賞、そして発表が前日の18時50分頃であったことを考えると、超特急での準備をされた研究者や職員の方々に頭が下がります。内容はもちろん、関係者の冷めやらぬ興奮を楽しみに、いいね!Hokudai編集部も大慌てで会場へ向かいました。
午前10時30分 いよいよ記者発表開始
話されたのは、拠点長の前田理(まえだ・さとし)さんと特任助教の辻信弥(つじ・のぶや)さん。前田さんはリストさんをICReDDにお誘いしたご本人。辻さんはリストさんの元で博士号を取得し、現在はICReDDにあるリストさんのグループでご活躍されている方です。
コンピュータで化学反応を革新せよ! ICReDDとリストさん
リストさんの受賞を聞いてとても喜んだ一方で少し驚いたという前田さん。いつかノーベル賞をとるという確信を持っていたものの、超ベテラン研究者に送られることの多いノーベル賞をリストさんが受賞するのはもう少し先のことではないかと考えていたそうです。
ICReDDは、世界トップレベル拠点(WPI)という国のプログラムで2018年に生まれた研究拠点です。「Revolutionize Chemical Reaction Design and Discovery(化学反応のデザインと発見を革新する)」というスローガンのもと、化学反応の本質的な理解と、新しい反応の合理的かつ効率的な開発に取り組んでいます。それを可能とするのが、実験化学と計算科学と情報科学の融合。従来の実験を中心とした手法だけでなく、コンピュータをより適切に使うことで、狙った化学反応の開発を最短ルートで行うことができるのだと前田さんはいいます。
このコンセプトに共感したリストさんは、2018年の設立当初から、ICReDDで主任研究者として研究グループを率いているとのことです(ちなみに上記のスローガンも、リストさんが提案したものだそう)。今回のリストさんの受賞のきっかけとなった研究は北大で行われたものではありませんが、今後のICReDDでの研究によって、ノーベル賞クラスの研究がさらに発展する可能性があります。
リストさんの愛弟子、辻信弥さん
リストさんをアカデミックファーザー(研究者として育ててくれた親のような存在)と慕い、今回の受賞を「本当に家族のことのように嬉しい」という辻さんからは、今回の受賞内容に関する説明がありました。
受賞テーマは「不斉有機触媒の開発」。化学反応を助ける役割をもつ「触媒」は、私たちの生活を支える医薬品や洗剤、香水といった化学製品をつくる際に大きな力を発揮します。それだけに、優れた触媒研究をした研究者に対してこれまでも多くのノーベル賞が贈られてきました。例えば、2001年の野依良治博士ら、2010年の鈴木章北大名誉教授らの受賞は日本人にとって身近です。
2000年、従来は「金属触媒」と「生体触媒(酵素)」の2つのグループで考えられていた触媒に、「有機分子触媒」という第3の触媒が加わりました。これを開発・報告し、化学のあらたな可能性を切り拓いた研究者こそ、今回ノーベル化学賞を受賞されたお二人なのです。
今回の受賞に関わるリストさんの一番大きな業績は、「プロリン」というアミノ酸の一種が触媒として機能することを示したことだと辻さんは考えているそうです。リストさんは、もともと触媒としてはたらくタンパク質のようなものを研究していました。タンパク質はいくつもの種類のアミノ酸が数珠繋ぎになった比較的大きな塊ですが、その中で触媒の機能に関わるアミノ酸はごく一部です。「タンパク質の状態で使わずとも、プロリン単体でも同じような触媒としてはたらくのではないだろうか」とリストさんは考え、それを見事に実証したのだといいます。
この他にも、今回の受賞の大きなポイントである、有機分子触媒が「不斉合成」という右手と左手のような関係にある分子をつくりわける化学反応で大きな力を発揮する点、多くの金属触媒や生体触媒と比べて扱いやすい点なども、辻さんから説明がありました。
最後は記者の方々おまちかね!質問タイム!
合図と同時にたくさんの手が勢いよくあがりました。リストさんの人物像について、受賞テーマの今後の展望や北大で取り組むことの意義について、前田さんや辻さんが今回のノーベル賞受賞に寄せる期待について、日本と海外との研究環境の違いについての質問などなど、寄せられた質問の切り口はさまざま。120年も続くノーベル賞を社会に伝える際の切り口の多様さに、改めて驚かされました。せっかくなので、以下でいくつかご紹介します。
2010年の化学賞受賞者である鈴木章先生も触媒の研究で受賞されました。北大には1943年から国内初の触媒研究拠点があったということで、そのころからの基礎研究を積み重ねが強みとなって、今回のような実績につながっているのでしょうか?
前田さん:昔から触媒研究が盛んだったということはひとつあるのではないでしょうか。鈴木先生などがずーっと積み上げてこられたその実績というのは大きいです。それによってこの分野の優秀な研究者がどんどん集まってくるような状況になっているのだと思います。
リスト先生とのこれからの有機分子触媒の研究について、どのような思いを持たれていますか。
辻さん:より選択的、より効率的な触媒というのをつくりたいと思っています。新しい反応を開発というのが一番大きな仕事ですが、つくった触媒が実際に世の中を変えられるようなものを目指したいです。例えば製薬など産業スケールでの合成に使われるものなど、そういうより大きな問題を解決できるような触媒のデザインをできればと考えています。
前田さん:今もリスト先生には、我々が掲げている計算科学と情報科学を使って化学反応の開発を加速していくというコンセプトに、とても共感していただいています。今まで不可能と言われていた化学反応を一緒に見つけましょうということを言っていただいています。そこのところでぜひ、今回のプロリンの系のようなすごくインパクトのある化学反応の発見というのを、リスト先生と一緒にできたらいいなと思っています。
ノーベル賞受賞者になりたてのリストさんとついにご対面
かつてないほどの盛り上がりを見せた記者会見でしたが、実は、この日のクライマックスは午後6時からのある催しでした。創成科学研究棟2階のサロンでリストさんをオンラインでお祝いする会が開かれたのです!
まるで本当の家族のように笑い合い、喜びを分かち合う研究者たちの姿は、思わず涙が出そうになってしまうほど、筆者にとっては感動的なものでした。なお、このお祝いの様子やリストさんからのメッセージは、こちらの記事より動画でご覧いただけます。
おわりに
今回の記事では、少し写真を多めに、あまり報道されることのないノーベル賞発表翌日の関係者の様子をお伝えしました。現場の慌ただしさ、喜びを分かち合う研究者の雰囲気、研究者をここまで夢中にさせる化学の魅力といったものに触れるきっかけとしていただけますと幸いです。
最後となりましたが、改めましてリストさん、ICReDDのみなさん、2021年ノーベル化学賞受賞おめでとうございます!!
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