研究成果の社会還元を推進する産学・地域協働推進機構では、オンラインイベント「考えるカフェ~研究×起業×社会」を、今年5月から月1回のペースで開催しています。考えるカフェは、いいね!Hokudaiコンテンツである「北大人図鑑」とも連動しており、事前にその月のゲストとなる研究者のインタビュー映像を配信、参加者に見ておいてもらう形でスムーズな議論につなげています。この企画の趣旨や背景、取り組んでみての気付き、そして今後の展望について、担当の千脇美香さん(産学・地域協働推進機構 産学協働マネージャー)に話をお聞きしました。
まずは考えるカフェについて、簡単にご紹介ください。
考えるカフェは、研究成果を元にした起業(スタートアップ)支援の仕組みの一環として取り組んでいるオンライン対話イベントです。基本的に、毎月第4木曜日の夕方に開催しています。内容としてはまず、北大人図鑑で取材した研究者から、「研究×起業×社会」にまつわるお話をしていただきます。そのお話から抽出した問いやテーマについて参加者自身の「考え」を述べ合い、自由闊達に議論を行います。終了後には第2部・懇親会として、フリートークの時間を設けて交流していただいています。最初はさまざまなオンラインツールを試していたのですが、回を重ねる中でzoomの機能のみで完結する、シンプルなスタイルに行き着きました。
どのようなきっかけでこの企画を考案したのですか?
もともとは、コロナ禍の前に私が個人的に開催していた「ビールを片手に起業の話をしよう」という企画での気づきがもとになっています。起業に興味のある人がカフェスペースに集まって、ざっくばらんに語り合うという内容でした。この会に参加した方から、「みんなで考えることができて楽しかったです」という感想をもらったんです。その感想に小さな違和感を感じました。人間ってそもそも「考える葦」なのに、「考えられてよかった」ってどういうことだろう?という疑問です。そこから、実はみんな考える機会がないんだ。いろいろと学ぶ機会はあっても、一方的な受け身になっていて、自分で考える場にはなっていないんだということに気づいたのです。ちょうどCoSTEPで開催されている哲学カフェのような場を企画したいと考えていたのもありました。この気づきと哲学カフェのイメージが合わさって、起業についてみんなで考えるイベント「考えるカフェ」を思い至りました。
また「ビールを片手に起業の話をしよう」ではもう一つ、「まちに出ること」の意義についての気づきもありました。個人的に開催したことで、学外もふくめ幅広く起業に興味を持っている人たちが集まりました。まちに出ることでできるつながりや得られる収穫は大きいなと実感しました。学内の研究者にまちとつながってもらう、というのも、この考えるカフェの目指しているところです。もともと対面で考えていたのですが、コロナ禍ということもありオンラインとなりました。オンラインにすることで、地理的に遠いところにいる人とも繋がりをつくることができています。
起業支援の中での位置づけについて、詳しくお聞かせください。
よくある起業支援のプログラムって、ビジネスモデルやファイナンスなどを勉強するというものが多いですよね。でも経営者って、そういう知識だけじゃない。人間としての器みたいなものも大事なんじゃないかと思っています。そして、そこに学問がよく働くのです。先ほどの自分で「考える」こと、そして批判的思考(クリティカルシンキング)などを育むのは大学の役割といえます。考えるカフェの様な場を通じて、あの人はこう言っているが、本当にそうか? 自分はどう考えるか? 多様な参加者の意見や考えの中から一つの意見に流されず、自分の意見を考えて発言するマインドセットをまず体得する。その上で、経営の知識やスキルを学ぶことで、経営者として必要な素養が総合的に身についていくのではと考えました。
また、私が科学技術コミュニケーター養成プログラム(CoSTEP)の修了生ということもあり、やはり「科学技術コミュニケーションである」ということもベースとなっています。研究成果を社会とコミュニケーションするために使っているツールが起業という捉え方です。「研究×起業×社会」と、起業を真ん中に入れているのは、研究と社会のコミュニケーションとしての位置づけからです。いかに収益を上げるか、IPOするかとかより、まずそこに重点を置いています。
(千脇さんは、カフェ当日はディレクションを担当。裏方として会の進行をサポートしている)
これまで5回開催してみて、気付きなどありましたら教えて下さい
大学の研究者の中でも、起業についての考えが各々違っているということですね。第1回の永田先生は、起業することで、研究室の中ではできないことや継続的な取り組みができるというお話でした。第2回の川村先生は、事業を通じて得られた社会からの問いが、新たな研究のテーマになるというサイクルのお話。第3回の川堀先生は、脳疾患の新しい治療法の開発という使命感から、起業を選択されたというお話。このように、同じ「起業」というワードで研究成果を活用していますが、研究者によって考えがぜんぜん違っています。研究者はこういう気持ちで起業をしたいんだということ、既存のフレームだけでは当てはまらない部分があるということを、スタートアップの支援をしている人たちにも広く知ってもらいたいと、イベントのたびに思っています。川村先生の時は、産学連携する人は全員聞いてほしい!と強く感じたので、関係者みなさんに北大人図鑑のリンクをばらまきました(笑)。
また参加者の感想からの気づきも多く、改めて自分たちのコンセプトを確認することにもつながっています。例えば「経営者向けのビジネスセミナーとは違う、大学発の学び合う場、作り出す場、ともに成長する場、という特殊性をもったところになるのではないかなととてもワクワクしました」という感想がありました。一般的な起業の話ではできない、「アカデミアだからこそ」の価値について、より深く考えるきっかけとなりました。
最後に、今後の展望などありましたら、お聞かせください。
もう少し原点に立ち返って、起業に限定せずに広く「考える」を掘り下げてみたいと思っています。歴史などの人文系の学問も絡めてみるなどの試みもいいかもしれません。また起業に関しても、今は技術ベースの起業を対象となっていますが、大学の中はシーズもいろいろな形があります。特許ありきではない起業など、広いパターンも見てみたいと思っています。それは、大学が世の中に対しての価値の提案として何ができるのか、という問いにもつながります。
ただ、一番は継続することです。毎回参加したいと思ってもらえるよう、わざわざその人の時間を使ってまで来たくなる価値ってなんだろう?ということは考えています。その人たちなりのテイクホームメッセージを持って返ってもらえたら良いなと。すでに何度も参加していただいているリピーターがいますので、そうした方々からのご意見は参考にしています。先述のような普通の起業のイベントと違うアカデミアだからこその切り口のほか、先生からの一方的なお話というのではないフラットな場で、研究者を近く感じられるというのは、魅力と感じてもらえているようです。一流の先生方と近い関係、気軽に話ができる距離感で、一緒にテーマを深めていくことができる場であるというところは、考えるカフェ独自の価値としてPRしていきたいですね。
考えるカフェを紹介する以下の記事もご覧ください
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