2021年ノーベル化学賞の詳報第2弾です。前回の記事では、受賞内容についてリスト・ベンジャミンさんの研究を中心に詳しくお伝えしました。受賞の一番の鍵となったリストさんの研究は約20年前のもの。そしてリストさんが北大でも研究グループを持つようになったのは2018年からです。では、リストさんのグループは実際に北大でどのようなことに取り組まれているのでしょうか? こうした点について、化学反応創成研究拠点(ICReDD)の共同リーダーとして活躍中の辻信弥(つじ・のぶや)さんにお伺いした内容を本記事ではお届けします。
【梶井宏樹・CoSTEP 博士研究員】
リストさんのご受賞おめでとうございます。まずは、発表の瞬間や発表後のリストグループの様子をお聞かせください。
今年の受賞というのは「驚き」でした。リスト先生の研究、その中でも受賞のきっかけとなった2000年の研究は、一分野を切り拓いた重要なものであることは間違いありません。しかし、まだお若いこともあるので、受賞はもう少し先かなと思っていたのです。本人も含めて、周りの人たちも「いつか受賞するかもしれないね」くらいの温度でした。なので、ライブ動画でリスト先生の名前が呼ばれた瞬間、思わず叫んでしまいました。個人のパソコンで動画を見ていた研究室の人たちからも、「うわ!」「うわ!」「うわ!」と次々に声が上がるような感じで。そのすぐ後に関しては、メディアからの電話が鳴り止まなくなってしまいました。僕は一件対応しただけで疲れ果てて電話は取れなくなってしまいましたが……(笑)
リスト先生に関しては、受賞後も、毎週ある定例ミーティングなどには変わらず出席されています。ノーベル賞受賞者は、発表後はいつも以上に忙しくなってしまい、研究に携わる時間が減ってしまうメージがあったので意外でした。取材の対応よりも研究をメインでやっていきたいというリスト先生の気持ちが伝わり、すごくありがたいです。
別の場所ではありますが、実は私も「うわ!」と叫び声を上げてしまった一人でした(笑) 日本人以外の受賞が、国内でこれほど取り上げられるというのは珍しいことですね。その分、今回の件が気になっている方も多いかと思います。リストグループは北大でどのような研究をしているのですか?
高い反応性と選択性を持った触媒の開発が一つあります。有機触媒は、パーツの組み合わせなどでそういった性質を容易に調整できます。私たちが注目しているのは、酸性官能基と呼ばれるもの。その分子がどれくらい酸性かということに関わるパーツで、例えば今回のノーベル賞の大きな受賞のきっかけとなった「プロリン」という分子もカルボキシ基という酸性官能基を持っていて、有機触媒としての性能にも大きく関わっています。より酸性度の高い官能基を入れることで、反応性も高くすることができます。
次に、選択性を高めることについて。手法の一つとして、狙い通りの反応を進めるような空間(反応場)を触媒に持たせることあります。私たちは、少し触媒を大きくして、小さな反応場を作るといった研究などに取り組んでいます。
ICReDDでも、有機触媒をさらに発展させるような研究を進められているのですね。
これまで紹介したような研究は、世界中のさまざまな研究機関で行われています。日本でも、学習院大学の秋山隆彦先生や東北大学の寺田眞浩先生などの多くの研究者が活躍されています。私たちはICReDDで、そういった研究を進めることも大切にしながら、最適な触媒や化学反応をより効率よく探索するような洗練されたプラットフォームを生み出すことを目指しています。現在は、通常の実験に加えて三つのことに挑戦中です。
一つ目は「計算化学」。ある反応がどのように起こっているのかというのをコンピュータでシミュレーションする分野です。実験が得意な研究者は、その結果を目にすることで、どのように触媒を設計したら良いのかということが、より理論的かつ直感的に理解できるようになります。
二つ目がケモインフォマティクス。日本語にすると化学情報学。これまでの化学では、あるひとつの最適な触媒を見つけるために、20個、30個、下手をしたら100個以上の触媒をテストするといったことをしてきました。こういった莫大なデータ活用する分野です。データを数値化してモデルを組むことで、実際に手を動かす前に候補物質をふるい分けられるようになったり、今まで研究者が見過ごしていたような関係性なども見つかったりするかもしれません。ICReDDにいる機械学習や強化学習の専門家と共同研究の形で取り組んでいます。
最後が合成ロボットです。今までは、人間がひたすら実験をセットアップし続けてきました。しかし、ロボットの進歩は目覚ましいものがあります。触媒を並べて、溶液を入れて……といった反応の仕込み、単離や精製、解析を一気に行うことが実際にできています。さらに、その解析データを直ちに機械学習で処理するというフローにすることも可能です。
こういったテクノロジーの部分をうまく従来の実験と組み合わせることで、より効率よく化学反応を探索して、さらに面白い反応を見つけることが可能になると良いなと思いながら研究を進めています。また、このプラットフォームを論文として報告することができれば、他の研究者にも興味をもって試していただくきっかけになりますし、それ自体にとても価値があることだと考えています。
これまでの化学研究の進め方を革新する可能性をもった取り組みですね。実験、計算、情報を融合して化学反応の本質理解、革新を目指すICReDDの研究環境が活きているように思います。「この拠点だからこそ!」と、辻さんが考えるポイントはどのようなところですか?
組織が大きすぎないところが良い点だと感じています。日頃から、いろいろな分野の研究者同士の距離も近く、組織のトップともよく会って、いろいろ話して、一緒に研究を進めています。そういう環境で共同研究を行うからこそ、モデルを作って、実験をして、その結果を理論側にフィードバックして、それで新たなモデルを作って……ということが何回も繰り返せますし、融通もききます。より本質的な研究ができているのかなと思います。完全に別のグループとの共同研究だとこれは難しいことです。
リスト先生がICReDDで研究グループを持つことを引き受けた理由には、この点がひとつあったのではないかと思います。今まで通りの実験と理論の関係であれば、通常の共同研究でも問題なくできるので。このタイミングでもう一歩踏み込んで、新しいものを創ろうということが、拠点長の前田理先生のお誘いで伝わったのかもしれません。
複数の分野がきちんと混ざり合って、本質的な研究を進めることのできる環境づくりというのは、世界的にもますます求めらそうですね。最後に、あらためて今回の受賞について辻さんのお気持ちをお聞かせください。
研究するための免許にあたる博士号をとった研究室の指導教官のことを、「アカデミック・ファーザー」と呼びます。僕にとってのアカデミック・ファーザーであるリスト先生が、こうしてノーベル化学賞を受賞されたのは、本当の家族のことのように嬉しいです。発表の夜にオンラインでの簡単なお祝い会をしたり、研究に関する打ち合わせで話したりはしていますが、まだ個別にお話しする時間はとれていません。ドイツに行った時、あるいはリスト先生が日本にきた時にでもゆっくり話したいです。
受賞発表当日の日本時間の夜にリストさんをお祝いしていた場で、辻先生はもちろん、みんながリスト先生のご受賞を喜び合っていた姿は本当に印象的でした。鈴木-宮浦クロスカップリングといった研究者の名前を冠する反応のように、ICReDDメソッド、あるいは辻メソッドといった名前がつくような素晴らしい成果が生まれることを楽しみにしています。ありがとうございました。
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