
起こりえるかもしれない危機、あり得るかもしれないリスク、未来を今から想像するのは簡単ではありません。ただ、事が起こってから後悔はしたくない、北大では未来を見据えて走り始める「いつかのための研究」があります。この「いつかのための研究」シリーズでは、CoSTEPが北大の複数の研究組織とコラボレーションし、来るかもしれない「未来」のために、「今」から始める研究について迫ります。
「治る」という確信がないまま、何年も薬を飲み続ける。そんな日々を想像したことありますか?私たちの身の回りには、結核によく似ているけれど、既存の薬がほとんど効かない「抗酸菌」という手強い菌が潜んでいます。この菌に感染すると、年単位の長い治療が必要になりますが、実はいつ治療を終えていいのか、その明確な「ものさし」はまだ世界にも存在しません。
目の前の患者さんの不安に向き合いながら、同時に最新のゲノム解析を駆使して、菌の正体を根源から暴こうとする。そんな臨床と研究の間で、感染症治療の新たな地図を描こうとしている研究者がいます。いつかの研究シリーズ8回目は、北海道大学病院 呼吸器内科/結核予防会結核研究所の鎌田啓佑さんにお話を聞きました。
偶然から始まった「悪いやつ」との格闘
―鎌田さんは現在、抗酸菌、特に「非結核性抗酸菌(NTM)」の研究をされていますが、最初からこの分野を志していたのですか?
鎌田さん: いえ、全然(笑)。学生時代はあまり真面目ではなくて、医者になってから必死に勉強し始めました。当時、私が研修医であった頃でも感染症領域の本は分かりやすいものが多くて興味を持ちました。その後、北大の呼吸器内科の先輩方に「北海道で感染症を専門とするグループを作ろう」と誘われて、無いものを立ち上げるのは面白そうだと特に深く考えずに乗っかったのが始まりでしたが想定外の連続でした。

―想定外ですか?
鎌田さん: その後、誘って下さった先輩方が一人、また一人と医局から去られてしまったのです。私は同期の中久保先生と二人で、大学院に入学し感染症をより深く学ぶために東京に3年間行ったのですが、戻って来た時点で感染症グループ立ち上げの可能性は現実的ではなくなってしまっていました。実際に何も無い状態から大学の中でグループを立ち上げるというのは本当に茨の道で、限られた人的リソースの中で新たなグループに人を割くというのは研究の集約化、効率化の観点から考えても余程のメリットが無い限りやるべきではないと感じます。
―東京ではどのような研究をされていたのですか?
鎌田さん:まず1年大学院を休学し臨床感染症を学びました。その後の2年間は東京女子医大感染科の菊池賢先生、吉田敦先生にご指導いただきました。当初、行く前は菊池先生が専門とされている劇症型の連鎖球菌感染症(人食いバクテリアとして有名)の研究をしたいと思っていたのですが、私がお世話になるタイミングでちょうど、吉田先生が着任されることになり、吉田先生が専門とされる迅速発育性抗酸菌をテーマにすることになりました。当時はこのタイプの抗酸菌は菌種を正確に同定することも、どの抗生物質が有効かを確認する薬剤感受性試験を行うことも非常にハードルが高く、疫学情報が極めて乏しかったためその調査を行うことが私の大学院での仕事になりました。行く前は臨床感染症を道外で学ぶことが第一目標で、研究は長期的に続けるつもりは全くなかったのが正直なところでした。しかも北海道はかつては迅速発育性抗酸菌感染症はかなり稀でほとんど臨床経験もなかったのでスタート時点はまあよくわからないけどやってみるかくらいのノリでした。しかし、様々なコンサルテーションを全国からいただき、経験させていただいたことでこの迅速発育性抗酸菌の中に属するM. abscessusという悪いヤツと出会い、研究への興味が生まれました。
―「悪いやつ」と表現されていましたが、どんな菌なのでしょう。
鎌田さん: 一言で言えば「治らない」んです。薬がほとんど効かない。当時は今ほど有名ではなくて、周囲からも「なんでそんなマイナーな菌をやってるの?」なんて言われました。でも、指導教官の吉田先生が肺外の抗酸菌感染症の国内で数少ないエキスパートだったこともあり日本中から治療の相談メールが届く。検査法も確立されていないから、自分で測り方を学びに行きました。でも、測っても効く薬が見つからない。専門家としてアドバイスしても、患者さんがスカッと良くならない。「いつまでこの状況を続けるのか?」というもどかしさが、研究。
―一度は感染症グループは作らないという話になったとのことですがその後どうなったのでしょうか。
作らないという話になった当時はこれから5年、10年先にどうしていきたいのかというのが不透明になってしまいました。私自身は元々、臨床医としては呼吸器内科に特別な関心があったわけではなく、総合内科的な内科オールラウンダーをベースとした感染症専門医になることを目標とし、呼吸器内科はあくまで数ある領域の中の1つという認識でした。また、大学院で行った研究は迅速発育性抗酸菌のサーベイランスに近いものでしたので、もっと病態の本質や治療成績の改善につながるような研究に携わりたいという気持ちが芽生えていました。ここにいて自分は本当に後悔しないのだろうかと宙ぶらりんな感じで考えていた時に、コロナ禍が始まってしまったのです。
コロナ禍という「リトマス試験紙」
―研究への思いが強くなった時期とコロナ禍が重なりました。現場は相当なプレッシャーだったでしょうね。
鎌田さん: やりたいことは全てストップしてコロナの対応になりました。特に最初の1年は、現在は法律に触れてしまうと思いますがコロナ病棟の当直を含めると120回くらい当直していました。患者さんにも私たちにも、本当に過酷でした。でも、あのパニック状態は一種の「リトマス試験紙」のようでした。誰が本当に信頼できるのか、誰が泥を被ってでも協力してくれるのかが、はっきり見えました。そこで培った人間関係は、今の私の財産ですし、一緒に乗り越えた方々とはこれからも良い関係が継続できるのではないかと思っています。
2度目の国内留学
ーそんな中で2度目の国内留学をされたとのことですがそれはどのような流れだったのでしょうか。
鎌田さん:コロナ禍の中で、チームとしてベストを尽くしたことで風向きが変わり感染症グループはやはり必要なのではないかという機運が高まりました。その流れの中で、グループ立ち上げに向けて東京の清瀬にある結核研究所で勉強させていただけることになりました。基礎研究に関してはほとんど何も経験がない状態で行ったため、大変苦労しましたが、臨床、基礎研究の領域を問わず、本当に様々なことを経験させていただき、良い時間を過ごせました。
10年、20年後の「いつか」を予測する
―今、鎌田さんが最先端技術を使って見ようとしている「未来」を教えてください。
鎌田さん: 今一番怖いのは、「アブセッサス」を含めた非結核性抗酸菌症の患者さんが将来的にどんどん増えていくことです。この感染症はなかなか治らないだけでなく、治ったとしてもこの菌によって一度壊されてしまった、肺や気管支は完全に元通りには戻らないことが多く、他の菌による感染症を起こりやすくしてしまったり、生涯にわたって影響を与えてしまう可能性があります。また近年専門家の間で「アブセッサス」は進化の課程にあり、将来的に結核のように「ヒトからヒトへ」空気感染するようになってしまうのではないかと心配されています。もしこれが伝染病化したら、治療という意味では結核よりずっと厄介です。

―その未来を食い止めるために、どのようなアプローチをすればいいですか?
鎌田さん: まず、現在ある治療をどのように最適化するかというところで、薬が効いているかどうかや、そろそろ治療終わりで良いよねという基準に曖昧なところが多く含まれているのです。特に治療に伴って痰が出なくなると菌の培養検査で菌の量を正確に評価することが難しくなったり、治療の手応えが分からなくなる。そこを客観的に評価できるような新しい指標を見つけたいですよね。あとは、実際に肺の中で起きている感染を模倣した良い感染モデルが存在しないことがこの感染症に関する研究の発展を滞らせているんです。そこもなんとかできないかと。私は特に代謝物を評価するメタボローム解析という切り口で取り組んでいます。
―それは、患者さんにとっても大きな希望になりますね。
鎌田さん: そう信じています。北大に戻ってきて分析装置へのアクセスが大きな課題としてあったのですが、タイミングよく学内で共用機器として利用できることになったのでラッキーでした。また臨床だけ、基礎研究だけ、ではなくて、両方の言葉が分かる立場として、何か役割を果たすことが大きな目標です。北大ではコロナ禍でのご縁がきっかけで呼吸器内科もワクチン開発拠点(IVRed)に参加させていただいており、多様なバックグラウンドを持つ研究者との連携で研究を進められる機会をいただいていることは、未来につながる試みだと思います。

―最後に、研究の原動力は何ですか?
鎌田さん: 研究はうまくいかないことの方が圧倒的に多くて、臨床をやっていると色々と時間的な制約も出てきます。研究をやらなくても良い言い訳を探し始めると無限に出てくるんですが、結局、面白いんだと思います(笑)。臨床医としての視点は非常に重要ですが、そこで解決できない問題があった時にバックグラウンドの全く異なる先生と色々ディスカッションできるというのは醍醐味だと思います。私自身は研究に取り組む前は医学部の外にいる尊敬できる先生方と知り合う機会はほぼ無いんですよね。北大に戻ってからのこの1年も多くの先生とお話できて世界が広がりました。まだ何も偉そうなことは言えないのですが自分で耕して種をまいて育てていく楽しさはやっぱりあると思っています。10年、20年という長いスパンの戦いになりますが、一歩ずつ解像度を上げていきたいですね。そして一緒に頑張ってくれる仲間を増やしたいと思います。
取材を終えて
専門的な論文の裏側に、こんなにも人間味あふれる「葛藤」と「執念」があったのかと驚かされました。一見、穏やかな鎌田さんの内に秘めた「悪いやつ(菌)」への対抗心と、北大のポテンシャルを信じる熱意。その「二刀流」が、いつか感染症の歴史を塗り替えるのかもしれません。
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