太陽系の星々はどのように生まれ、どのように変化してきたのか? そして私たち、地球上の生き物はどこでどうやってできたのか? これを解く鍵がまたひとつ手に入りそうです。探査機はやぶさ2が採取した小惑星リュウグウのサンプルの化学分析の結果が本日、論文誌Scienceで発表されました1)。
65大学・研究機関の148名からなる著者を束ねたのは、化学分析チームリーダーの圦本尚義さん(理学研究院 教授)です。北大からは、馬上謙一さん(理学研究院 助教)、川崎教行さん(理学研究院 准教授)、坂本直哉さん(創成研究機構 助教)、和田壮平さん(理学院博士課程/日本学術振興会特別研究員)も参加しています。
分析の結果、リュウグウは太陽系ができてから約500万年後の性質を保っていること、予想通り炭素を多く含むものの、水は少ないことがわかりました。これらの結果は、これまでの研究の一部修正を求めることになるかもしれません。
リュウグウを目指し、サンプルを持ち帰る「はやぶさ2」の長い旅
探査機はやぶさ2は2014年12月に打ち上げられ、2019年2月にリュウグウに到着してサンプル回収に成功。そして往復6年の長い旅の末、2020年12月に無事サンプル5.4gを地球に届けてくれました。地球から約3億km離れたリュウグウは、太陽系がうまれた当時の性質を保っていると考えられ、その組成を明らかにすることは地球惑星科学者たちの大きなチャレンジでした。
北大にやって来たサンプル。そして分析へ
サンプルは、まず相模原にあるJAXAに運ばれ、整理・記録のためのキュレーション作業が急ピッチで行われました。そして約半年後の2021年6月21日、そのサンプルの一部が北大に到着しました2)。圦本さんがリーダーをつととめる化学分析チームは、サンプルがどのような物質の組み合わせでできているか、そして同位体を用いてそれがいつどのように変化したのかを調べるのがミッションです。分析は北大だけではなく、東京工業大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、(株)リガク、(株)堀場製作所でも行われました。今回の論文で使われたのは合計95mgです。
リュウグウはなぜ玉手箱と呼ばれるのか?
リュウグウのサンプルは「玉手箱」にも例えられ3)、生まれたころの太陽系の姿を知ることができると言われています。それはどういうことでしょうか。太陽系は46億年前、元々はガスやチリ状にまばらに存在していた様々な物質があつまって生まれたと考えられています。その後にできた惑星や小惑星、彗星などは当然、元々あった物質からできていますが、当初の状態を留めているわけではありません。中心に生まれた太陽の熱や重力の影響などにより、その組成は違っています。また太陽や惑星からの距離や、惑星の性質によって様々に変化しています。
一方で、太陽系全体と等しい元素組成、つまり原始の太陽系のミニチュアのような存在も地球上で知られています。それは宇宙のどこからかやって来て地球に落ちた、イヴナ型炭素質隕石(CI隕石: CIはChondrite Ivunaの略)と呼ばれる、炭素を多く含む隕石です。この隕石は、地球上で見つかった約7万個の隕石のうち、9個しかありません。
このCI隕石を調べれば、太陽系当時の姿を正確に知ることができるか、というと必ずしもそうではありません。地球に落ちてきた後、数十年から数世紀の間に、地上の環境によって変化している可能性も否定できません。このような隕石がどこからやってきたのかを探し、実際に取りにいき、良いサンプルで分析するというのがはやぶさ2の目的でした。
研究の基準を変える、太陽系誕生500万年後の姿をとどめるリュウグウのサンプル
今回発表された論文によると、リュウグウはやはりCI隕石と同じ元素組成をもっていることがわかりました。しかし違う点がありました。CI隕石は水を13~20%含みますが、リュウグウは約7%でした。この約7%という値でも、他の隕石や小惑星のサンプルに比べると多いですが、CI隕石と比べると半分程度しかありません。また、水には構造水と層間水の2種類がありますが、その割合は両者で大きく異なっていました(後述)。
また、リュウグウは水を含んだ粘土鉱物からできており、水と元々の鉱物との化学反応によって現在の状態になったこともわかりました。その温度は意外にも40℃という「穏やかな」ものです。そして反応が起きた場所は、リュウグウの元になった天体である可能性も示されました。この母天体は太陽系ができて200~400万年後に形成され、さらに100万年後に現在我々が目にしているリュウグウの鉱物ができたのです。
さらに、その後のリュウグウの姿も明らかになりました。母天体が壊れてリュウグウが生じた時に、層間水とよばれる水(H2O)が宇宙空間に逃げ出した可能性が高いことがわかったのです。層間水が完全に脱水する温度は170℃ですが、サンプルの層間水は完全になくなっていませんでした。このことから、リュウグウは形成から現在まで、100℃以上になっていないと結論されました。
この結果は、従来CI隕石を用いて分析されていたリュウグウの状態予測とは異なるものでした。また、CI隕石に含まれる層間水は約7%と多いですが、今回の分析から地球の環境下での汚染の可能性が高くなりました。このように、リュウグウのサンプルは、これまでのCI隕石をもとにした太陽系起源研究に軌道修正を求めるものなのです。
今後も注目のリュウグウ研究
リュウグウのサンプルを分析するのは、圦本さんらの化学分析チームの他に、岩石・鉱物分析(粗粒試料)、同(細粒試料)、揮発性物質分析、固体有機物分析、有機分子分析の5チームがあります。同日6月10日には、岡山大等からなるチームが論文公開とともに記者会見を開き、リュウグウのサンプルからアミノ酸23種類が見つかったことを発表しました4)。生命の起源に迫ると話題ですが、「生物の材料」であるアミノ酸だけではなく、「設計図」であるRNA・DNAといった核酸の起源が、リュウグウに限らずさらに議論されていくことになるでしょう。
圦本さんは今回の結果を淡々と捉え、次を見据えています。「水の存在や40度という環境自体は、そんなに目新しいことではありません。ただ、色々な天体やその中の色々な場所で環境も違います。こういう情報を丁寧にたくさん集めると、新しい天体進化が見えてくるはずです。リュウグウのようなC型小惑星には、まだまだ色々な種類があります。2023年にOSIRIS-RExが持ってくる小惑星ベンヌのサンプルとどう違うかに期待です」
今後も他のチームから続々と研究成果が発表される予定です。それらにより、徐々に、少しずつリュウグウの姿、原始太陽系の姿、そして私たち自身の起源に近づけるに違いありません。
【川本思心・理学研究院/CoSTEP准教授】
6月12日:内容を一部加筆
6月18日:コメントを追加
注・参考文献:
- Yokoyama, T. et al. 2022: “Samples returned from the asteroid Ryugu are similar to Ivuna-type carbonaceous meteorites(リュウグウはイヴナ型炭素質隕石でできている)”, Science.
- 北海道大学 2021: リサーチタイムス「はやぶさ2」が持ち帰った「リュウグウ」のサンプルが北大にやってきた」(2020年9月18日)
- しかしこの例えには若干おかしな点がある。浦島太郎では玉手箱をあけたら老人になる。つまり時間が進むこと、あるいは未来を示している。一方リュウグウのサンプルには太陽系の過去が保存されている。そのため圦本さんは「リュウグウの玉手箱を空けたら赤ちゃんになる」といいね!Hokudaiのインタビューで答えている。
- 岡山大学 2022: プレスリリース「小惑星リュウグウの起源と進化- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像」(2022年6月10日)。論文はNakamura, E. et al., 2022: “On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective”, Proceedings of The Japan Academy, Series B. 98 (6) 227-282.
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