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心を揺さぶる言葉の雨だれ

2020.2.26

dividual inc.《ラストワーズ/タイプトレース》2019年

東京~名古屋アートツアー最終日の9月21日、あいちトリエンナーレ 愛知県美術館会場でdividual inc.の作品《ラストワーズ/タイプトレース》を鑑賞しました。会場に着くとちょうど一般参加者のガイドツアーが始まっており、

そこに参加して解説を聞きながら、ツアー最後に10階の展示室を訪れました。

横に広い展示室は薄暗く、静謐でスタイリッシュな印象。壁一面に24枚のPCモニターが架けられています。部屋の中央にはデスクがあって、そこにもモニターが置かれ、白いキーボードが机上に埋め込まれるように設置されています。各モニターには誰かが書いている文章が表示され、刻々と変化していきます。画面の文字は単語により大きさが違い、書いては止まり、時に消して戻ってまた書き直す様も現れます。よく見ると机上のキーボードのキーも細かく動いており、たくさんの文章が生まれていくキータイプの音が、ポツポツと雨だれのように部屋に満ちています。

この作品を制作したdividual inc.は、メディアアーティストの遠藤拓己と情報学研究者のドミニク・チェンによって設立されたベンチャー企業です。dividual inc.はタイピングの過程を記録する「TypeTrace」というアプリケーションを開発しました。これを使い、ネット上で不特定多数の人に10分間で「遺言」を書いてもらい、ここで公開しています。文字の大きさは、タイプの時間に比例しているそうで、ゆっくり打った言葉がより大きく表示されるようです。遺言は、家族、親しい人へ向けたもの、過去の自分へ向けたもの、誰に向けたか分からない随筆のようなものなど様々。でもその文章はどれも誠実で、しっとり憂いを帯びているように感じます。

ガイドの解説のあと、一緒にツアーに参加した方の感想も聞きました。書いた人の言葉や想いに共感する方がいる一方、人生の最後の言葉をこのように無機質に展示することに戸惑い「これはアートとは思えない」と呟く方もいました。どれも素直な感想だと思いますが、一歩引いて考えると、この遺言の意味とはなんでしょう。

これらの文章には詳しい説明がなく、真実である保証はありません。本当に今際の際に書かれたものかもしれないし、遊び半分で書かれた創作かもしれない。それでも言葉を選び、書き直しながら進むタイピングは、書き手の逡巡まで再現しているよう。それが「遺言」という言葉の持つ重みと相まって、真贋の疑いを持つことに罪悪感を生じさせ、鑑賞者の良心を揺り動かします。

そう考えると、ネットやメディアに流れる沢山の文章、SNSで交わされる会話も、真実である保証はどこにあるのでしょう。科学技術は多くのテキストを瞬時に集め、広く届けることを可能にしますが、その情報が信頼に足るものか判断することは簡単ではありません。我々はその寄る辺なさの中で、あるかないかも分からない誰かの心にすがり、それでもそのたよりない言葉を信じて毎日を生きています。

真実とは、信頼とは、想いとは言葉とは。
雨だれのようなタイプの音に打たれて、心に波紋が広がってゆきます。

坂田 太郎(CoSTEP15期本科「札幌可視化プロジェクト」実習)