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てくてく、原子力リスクコミュニケーション視点から聞く、原子力

2026.2.20

「てくてく、原子力」シリーズは、CoSTEPなりに今の原子力と社会の関係を探ります。

2024年度の対話の場の創造実習は、「科学をあるく」という展示を企画しました。そこでテーマにしたのが悪い技術ってあるの?ということ。原子力技術は戦争にも、医療にも、エネルギーにも使われる技術です。良い科学技術、悪い科学技術の境界線はどこでしょう。

吉田省子さんはリスクコミュニケーションの研究者。吉田さんからみて私たちはどのようにリスクある科学技術を利用するべきなのでしょうか。

お話を伺った川本さん

<プロフィール>

川本思心(かわもと ししん)

北海道大学大学院理学研究院 准教授

専門分野:科学技術コミュニケーション、科学技術社会論(STS)

趣味はレゴ、生物飼育、カヌー、トーチカ巡り

――川本先生は元々理学の研究を大学院ではされていて、その後科学技術コミュニケーションや科学技術社会論の道に進まれたんですよね。こうした方向転換をなさったのはどうしてだったんですか。

最初は理学生物学の基礎的研究として、ミミズの再生の研究をしていました。だけど、基礎的な研究の意義って一体何なんだろうなっていうことをやっぱり自然に考えるようになって。医学研究などでは直接人の役に立つので研究の意義が見出しやすいんですけど、基礎的な研究ってやっぱりそれとはちょっと違って。意義はあるに違いないけど、それは一体何なんだろうかとか、それをどのように説明したらいいのかなっていうのを、自然に考えだしたのが一つのきっかけだったと思います。

――その後のご専門の一つが「デュアルユース」ですよね。まず、デュアルユースついて教えてください。

デュアルユースは、大きく「軍民両用性」と「用途両義性」に分けられます。軍民両用性は、軍用にも民生にも利用できる情報や技術のことを言います。用途両義性は、ある情報や技術が私たちの利益になっている側面がある一方で、それが逆に私たちの生活や安全を損なう側面も持っていることを意味します。

――デュアルユースに関心を持たれたきっかけは。

元々アンビバレントなものに心惹かれる部分があったからというのも一つですが、あとは科学コミュニケーションに関わり始めたときに、専門家が一般市民のリテラシーや意識を調べたりして、その結果をもとに科学コミュニケーションを改善しましょうというアプローチが多かったんですよね。でも、それ以前に自分たち研究者自身が全然なっていないなと感じていました。研究者たち自身が科学コミュニケーションの一つの重要なアクターとして、まずは専門家間でコミュニケーションをどう取っていくべきかという問題意識がありました。その一つがやっぱりデュアルユース問題にあるのかなと思います。

――日本では、デュアルユースに対する対策としてどのようなものがあるのでしょうか。

先端科学技術の用途両義性に対しては、トップダウンからボトムアップまでいろいろやられています。法律としては、遺伝子組み換え作物の規制措置であるカルタヘナ法や、日本と海外の間で兵器やテロに転用されるものが取引されないための外為法などがあります。

デュアルユースは大きく言うとセーフティの問題とセキュリティの問題があると言われています。セーフティの問題というのは、危険なものから人間を守るっていう、つまり病原性のある細菌だったり、ウイルスから研究者とか地域住民とか、そういう人達を守るという考え方ですよね。セーフティの面では、いろいろ教育や対策がなされていて、制度的にも機械的な施設などでも対策がされていいます。

ただし、もう一つのセキュリティについて、つまり危ないものを誰かが勝手に持ち出したりとか、何か悪いことに使うことを防ぐための対策は、まだ十分ではありません。

――それはなぜなのでしょうか。

研究者にとって、倫理やセーフティ・セキュリティってちょっと面倒に感じるところはありますよね。それに、実際問題として、何でもギチギチに縛ってしまうと、研究がやりづらくなってしまいますし。

あとは、デュアルユースは結局いわゆるリスクの問題、つまり何が起きるか分からないことに対して対策をするということです。そうした不確実な未来に対して教科書的な教育を行なってもあまり効果的ではない。だから、教科書的な学びではなくて、科学技術が色々な人や技術と合わさったときにどうなるかということを、アクティブに考えていったほうがいいんですよね。でも、現状としてはそれをやるためのリソースや時間がないという部分があります。

――川本先生は、デュアルユースの科学コミュニケーションにも取り組まれていますが、デュアルユースの科学コミュニケーションの課題はどのような点にありますか。

デュアルユースについて考えるときの問題は、話の矛先が専門科学技術のデュアルユースではなく、一般的な問題に引き寄せられやすい点にあります。つまり、「その技術を悪用した人が悪い」という考え方になりがちなことですね。例えとしてよく包丁が出てくるので、私は個人的にこれを「包丁理論」と呼んでいます。でも、専門科学技術のデュアルユースは、「包丁理論」には当てはまりません。なぜなら、包丁は誰もが知っているものだし、すごく遡って鉄器を発明した人の問題として捉える人なんていませんよね。

でも現代科学技術のデュアルユース問題は、例えばあるウイルスを人間に感染するようにしたり、あるいは薬が効かなくなるようにしたりする最新の研究といった問題の話なんですよね。そういうものはごく一部の研究者しか持っていない、全く一般化されていない知見なので、それはやっぱり研究者が大きな責任を負うことになります。包丁みたいな技術と現代科学技術を混同すると、技術はあくまで中立で、それを作った科学者も中立だけど、悪用する人だけが悪いという考え方になってしまう。そういう見方では現代科学技術のデュアルユースを考えることはできません。

あとは、やはりデュアルユースは良い面と悪い面の2つがあるというジレンマとして捉えなきゃいけないですね。研究者は良い技術、良い研究成果を生み出したい。でもそれをやると何か危ないものが出てくるかもしれない。じゃあ危ないものがあるからやめるかっていうと、それではいい研究できなくなっちゃうわけですよね。このようなジレンマに向き合って、「寝技」でそういう科学技術と付き合っていくかということですね。

――デュアルユースへの取り組みは「寝技」なんですね(笑)。

そう。特効薬的な対策とか、これがあれば大丈夫みたいなことは全然ないんですよね。そうした意味ではデュアルユースはすごく面倒くさい問題なんです。

また、さっきも言ったように想像をすることが重要ですね。こうしたらこうなるからダメという考えでだけはなく、過去の事例もふまえつつ、何が本当に「良い」科学技術なのかを考え、何が起こり得るかもしれないのかを想像力豊かに予測していくっていう、そういう想像を大事にしていくってコミュニケーションが必要ではないかなと感じています。

――川本先生にとって、科学技術の「良い」「悪い」の境界線はどこにありますか。

基本的には良い悪いって分けられないと思います。もちろん何か起きた時には後からそれが「良かった」あるいは「悪かった」と言うことはできると思うんですけど、それ以前に、それは良いか悪いかは不確定で分からない状態で、まさにそれが科学技術の問題なんだと思うんですね。そのグレーな状況が科学技術であるというのが大前提なのかなと。その上で、良い科学技術って何なのかっていうと、「人の手を離れていない」こと、つまり誰が何に対して責任を持っているのかということが明確であるっていうことだと思います。

――科学技術が人を傷つけてしまわないためには、誰が何をする必要があるでしょうか。

研究者が将来に対して予測をするということですね。研究者って面白いことをしようと日々想像してるわけですよ。その想像力を違う方向に振れば悪いことも予測できると思うし、それは研究者が持っている想像力というか、創造性みたいなものがまさに活かされることなので、それはもっとやっていくべきことかなと思います。一般の人よりは、やはり研究者がそうした予測を自らしていくことが重要だと思います。

もう一つは、周りの人を巻き込むことかなと思います。研究者も、自分だけだとリスクが何かが分からなくなってしまうので、専門性は共有できるけど利害関係はない関係性の、近い分野の人にこの問題を共有してそのリスクを洗い出すなど、この問題をどのように考えていったらいいかを議論するっていうのがやっぱり必要なのかなと思います。

 

取材:19期対話の場の創造実習

記事:桜木真理子、動画編集 佐藤太生(19期対話の場の創造実習)

本取材から生まれた展示「科学をあるく」の開催記事はこちら

本コンテンツは未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム[ANEC]と連携で作成しています。