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それは革命か?分断か?バイオテクノロジー民主化がもたらすもの

2020.3.30

ヘザー・デューイ・ハグボーグStranger Visions》/2012-2013

一般に「生命の設計図」として知られるDNAは、最近になって「究極の個人情報」とも呼ばれるようになっている。DNA内部に存在する個人の遺伝子情報は生涯にわたり大きく変わることがなく、さらに疾病リスクや血縁関係といったプライバシー情報にも紐づいているところから、そのような呼び名がついたのだろう。

再現されたフェイスマスクとその元になったDNA情報

「今のところ」、この情報を分析し、様々な目的の為に利用できるのは研究者などの専門家、あるいは資本力を持つ企業や行政機関に限られている。作者ハグボーグの抱く問題意識は、まさにこの点に集約されている。「今のところ」、である。その理由は本作の制作過程を見れば分かるだろう。

ハグボーグは、本作をニューヨークにあるオープンラボラトリ ”GenSpace” で制作した。”GenSpace” では、生命科学の専門教育を受けていない人々が、趣味的に実験や研究を楽しみ、専門知識や技術を身に付けながら、各自の興味関心を追求できる民間の実験施設だという。ここで彼女は、道端に落ちているゴミからDNAを抽出し、それらの配列を解析して持ち主の顔を予想し、その結果を3Dプリンタで出力した。こうして出来上がったのが、どこの街角でも見つかりそうな、それでいてどこか現実離れしているようにも見えるフェイスマスクである。

こうしたDNA情報による顔の予測には、精度の点で疑問の余地もある。しかし、本作品において真に重要なのは、むしろそれ以外の部分にあると考える。まず、一般市民に開かれた実験施設において、生命科学のバックグラウンドを持たないアーティストによってDNA情報を用いた作品が制作されたこと。次に、DNAの収集、解析の手段を含む制作過程がウェブ上で公開され、誰でも閲覧することが可能ということである。これまでごく一握りの人間だけが持てた知識や技術のあり方に対する問題提起が、アートという形で提示されているのだ。また制作に関わる情報をオープンソース化していることから、作品が完成するまでの過程をも、鑑賞者と共有しようとする意図を垣間見ることができる。さらにこのことは、第三者が同様の制作過程をトレースし、本作と同様の試みを実践する余地までも生んでいる。

本作は、市民がバイオテクノロジーという力を手に入れ、行使できるようになりつつある現代の様相を提示する。海外では、こうした市民達によって、食品の産地偽装を暴いたり、安価な新薬を開発したりする「革命」の動きが起こりつつある。ただし市民にとって、力をふるう為に必要な情報を得ることが難しい場合も多々あることは、心に留めておくべきだろう。本作の重要な要素であるインターネットにしても、未だ全ての人に開放されてはいない。生命科学に限らず、情報を「知っている人」と「知らない人」の間には、容易に分断が生まれうる。力を手にした市民には、こうしたギャップをどう埋めていくかという課題も、同時に突きつけられているのだ。

室井 宏仁(15期研修科/サイエンスライター)