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「私」として学ぶ、書く、伝える

2022.3.22

あなたはどんな人ですか?

「私」は、こんな人です。

大学の事務職員で、1児の母で、元・記者で、読書好き&勉強好きで、社会問題にわりと関心がある、そんな人です。

CoSTEPを受講することにしたのは、「勉強好き」で「大学の事務職員」である私が、仕事に役立ちそうだと思ったから。その中でも選科Bでサイエンスライティングを学ぶことにしたのは、「読書好き」で「元・記者」の私にとっては、書くことへの思い入れが強かったから。ただ、科学技術コミュニケーションを身近なものとはあまり感じておらず、自分とは縁遠い世界に学びに行くような気持ちでいました。

しかし、CoSTEPでの一年間、科学技術コミュニケーションと向き合ううちに、「私」のアイデンティティーやバックグラウンドがひとつずつ繋がっていきました。選科Bの集中演習で、私はアメリカの都市社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した「サードプレイス」という概念について、自分の思い出を交えながら「私」という一人称で書くことにしました。どんな風に書けば分かりやすく伝えられるか悩みながら改稿を重ねましたが、主観を排除せず、「私」だから書けることを書こう、と決めて、自分自身の経験や感情に立脚して書くことにこだわりました。

一年間の学びを終えて、「私」と科学技術コミュニケーション(SC = Science Communication)との繋がりはずいぶん変わりました。

いえ、本当は変わったのではなく、もともと繋がっていたのに気が付いていなかっただけでした。

CoSTEPでの講義はどれも興味深いものばかりでしたが、特に印象に残っているのは「水俣病との関わりの中で生まれる葛藤と悩みを伝える」です。講師を務められた一般財団法人水俣病センター相思社/水俣病歴史考証館の永野三智さんに、現在に至るまでの水俣の状況を聞き、水俣病を過去の問題だと考えていた自分に気づかされて恥ずかしく感じました。当事者のすぐそばに寄り添って、悩み迷いながらも実践を続けている永野さんのお話は、永野さん自身の視点から語られていて説得力があり、強く胸に響きました。

村上春樹はエルサレム賞の受賞スピーチでこう述べました。

「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。」(村上春樹『村上春樹 雑文集』2020年, 新潮社〈新潮文庫〉より引用)

科学技術コミュニケーションとは、誰のためにあるものでしょうか。それは、壁をより強固にするためにあるものではありません。常に卵のためにあるものだと、私は思います。

 「すべての人が平等に科学とつながるための温もり」

それが私にとっての科学技術コミュニケーションです。

五十嵐 茉莉子(2021年度選科B)
札幌市立大学 地域連携課