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博士漂流時代 〜「余った博士」はどうなるか?

2011.11.15

著者:榎木英介 著

出版社:20101100

刊行年月:2010年11月

定価:1200円


 「末は博士か、大臣か」

 

 

 最近ではあまり聞かれなくなってしまった言葉ですが、これまでにこの言葉を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。これは、本書の冒頭にも出てくる言葉です。この言葉からも分かるように、昔は博士になることが大変難しく、また希少であるため、博士は人々の尊敬の対象でした。しかし、現在、「博士」の一部は「高学歴ワーキングプア」と呼ばれることすらあり、その立場は昔と大きく異なってきています。

 

 

 本書は、東京大学大学院博士課程を中退し、学部生として医学部に入り直し、現在は医師として働いている著者により執筆されています。東大に入学し大学院博士課程まで進学、という一見華々しい道を歩いていた著者が、何故大学院を中退してしまったのでしょうか。その理由は本書の最初で明らかにされます。著者はその経験も踏まえて、「博士の置かれている状況」に直面した当事者として、また、そこから離れた第三者として、双方の視点でその状況について論じています。

 

 

 前半部分では、現在の博士の状況が多くの統計データに基づいて紹介されています。ここでは、博士でありながら「40歳近くでも非正規雇用」、「月収15,000円」といった、信じられないような境遇で働く人の例も挙げながら近年の博士の現状について説明し、その後どうしてそうなってしまったかについて歴史を遡り解説しています。ここまで読むだけで、博士とはどういった人たちで、現在どのような状況に晒されているかを知ることができるでしょう。

 

 親切なことに、章末には幾つかのコラムが挿んであり、「大学院」や「博士」についてぴんとこない方にも分かるように、博士自体や博士を取り巻く環境や待遇について丁寧に書かれています。

 

 

 後半部分では、現状のように博士が活躍できないでいることが日本にとっていかに問題であるかが論じられた後に、諸外国では博士がこんな分野で活躍している、という成功例が数種類提示されています。その中では、博士が研究職だけに固執するのではなく、「博士+X」で生きることを提案しています。では、Xには一体どんなものが当てはまるのでしょうか。興味を持った方は、是非本書を読んで確かめてみてください。

 

 

 即効性のある解決方法は挙げていないではないか、という意見も当然ながら出てきそうですが、この「博士漂流時代」を瞬時に解決できるような秘策が果たして存在するのでしょうか。すぐには解決不可能な問題だからこそ、皆で考えていく必要があるのではないでしょうか。実はここ数年で「博士問題」を扱った書籍はいくつか出版されていますが、この本がそれらの類書と一線を画すのは、現状の悲惨さをアピールしながらも決して悲観的な書き方をしていない点にあります。そういった意味で、本書はこれまで「博士」や「博士を取り巻く環境」を知らなかった方への問題提起にも、これから博士を目指す学生の希望にもなるのです。

 

 

 「博士」や「ポスドク」なんて日常では耳にしない、自分には関係がない、と思われる方も多いかもしれません。しかし、これまでにノーベル賞を受賞している方が皆博士であることからも分かるように、これまでの日本の科学を発展させたのも、これからの日本の科学を支えるのも博士に他なりません。その日本の科学技術を担う博士を目指す若者に待ち受ける厳しい現実を知ることで、博士がどうやったらより安心して良い成果を挙げられるか皆で考えていきませんか。著者が本文中で述べているように、博士を上手く活用することで日本の科学技術の発展や、不況にあえぐ日本の再生につながることが期待されるのですから。

 

 

大場歩(2011年度CoSTEP選科生 宮城県)