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発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ

2018.8.10

著者:小倉ヒラク

出版社:木楽舎

刊行年月日:2017年4月28日

定価:1,600円(税抜)


発酵は巨大な産業だ。経済産業省によると発酵産業は日本市場で食品だけでもおよそ5兆円。関連した分野も含めると10兆円を超える巨大マーケットであり、建設業界にも匹敵する。その巨大な産業に「発酵デザイナー」という変わった肩書きを持つ唯一無二の男がいる。著者の小倉ヒラクだ。本書のおもしろさを語る上では、まずこのヒラクを紹介するのが手っ取り早いだろう。

ヒラクは最初から発酵デザイナーを志していたわけではなかった。大学の専攻はデザインでは無く文化人類学。学生時代に世界中を旅し、美術作品に触れ、様々な文化を見ることにハマっていく。「なぜ世界にはこんなにもたくさんの文化があるのか」という彼の疑問に、文化人類学は答えてくれた。

発酵との出会いは、フリーのデザイナーとして活動し不摂生な生活で体調が悪化していた頃だ。知り合いの味噌屋の娘を通じて知り合った発酵学者の小泉武夫から、発酵食品を食べることを強く勧められる。勧めに従うと体調がみるみる改善したが、この出会いが、彼が発酵に興味を持つきっかけとなった。

その後、デザイン業の傍らで各地の醸造家の元に訪問し、発酵食品や醸造道具などを収集する。研究に没頭する中で、具体的なモノを分解し、共通したモノを再構築して体系化し、歴史の奥に隠された秘密を探るという考え方が、発酵と文化人類学に共通していることを発見した。この発見により、彼は自分にしかできない発酵専門のデザイナーへ進むことを決意し、今やその特異性から全国各地の醸造家から依頼を受けるデザイナーとなった。

本書は、そんなヒラクの発酵との出会いから始まり、彼の人生そのものでもある発酵と文化人類学を二本柱として綴られてゆく。「発酵文化人類学」という題名は一見お堅いが、文章は非常に平易でありつつも、ところどころクセのある「ヒラク節」が特徴だ。表紙や紙面のイラストも彼が手掛けている。

本書は7章から構成されるが、その中から評者のお気に入りである第5章の「醸造芸術論」を紹介したい。本章は「発酵はアートだ!」という視点から、山梨の甲州ワインと日本酒の製法と歴史をたどりつつ、人間にとって美とは何かを掘り下げていく。その中でヒラクが綴った「美は歴史と土に種を宿し、時代という風に導かれて育っていく」という一文が印象的だ。

酒づくりはアートそのもの。醸造家による「人間の感性」と、発酵による「自然の特性」がぶつかり合う世界は、美の発生のメカニズムを思わせると謳う。醸造過程や文化論も入り混じる本章は、絵画を愛でるようにお酒をゆっくり嗜みたい人には必読だ。お酒との付き合い方を楽しく考えさせてくれる。

本書は、ヒラク自身も述べている通り、発酵や文化人類学について体系的に学ぶ本ではないし、健康や美容に役立つ本でもない。自然現象としての発酵が、どのように人類の文化・生活を形成し人間社会を織り成してきたのか、軽快におもしろく読むことができる本だ。発酵を通して人類の謎を紐解く発酵文化人類学。その発酵を巡る冒険を共に楽しもう。

望月貴文(CoSTEP14期本科ライティング)