CoSTEP宣言

CoSTEPの20周年を機に

CoSTEPが開講したのは、サイエンスコミュニケーション元年ともよばれた2005年です。各地でサイエンスカフェが実施され、大学には科学技術コミュニケーションに関する講座が設立されました。

多くの大学で大学院生のための副専攻として位置づけられていた科学技術コミュニケーションの教育プログラムですが、北大CoSTEPだけは学生と学外の受講生が共に学べるよう、一般に教育プログラムを開きました。科学技術コミュニケーションが学術の場からの発信に閉じないように、多様な立場の科学技術コミュニケーターが活躍できるように、そんな思いからCoSTEPの教育は誰でも受講できる形式を取りました。

研究者、ジャーナリスト、起業家、アーティスト、デザイナー、政治家、漫画家、企業の広報担当者、会社員、学芸員、公務員、フリーのサイエンスコミュニケーター、社会活動家など、社会のあらゆる立場の人々がCoSTEPに集い、CoSTEPで科学技術コミュニケーションを学んでいきました。そしてこの多様性こそ、柔らかく、しなやかにCoSTEPが持続してきたゆえんです。
20周年を機に、この多様性を活かし、CoSTEPでは「CoSTEP宣言」の策定に取り掛かりました。全国各地に満天の星々のように散らばった科学技術コミュニケーターの修了生を招集し、点と点を結んで星座を描くように、CoSTEPの修了生だからこそ作れる科学技術コミュニケーションのマニフェスト、CoSTEP宣言を策定しました。

CoSTEP宣言とは

1999年、初めて科学技術をどう利用するべきなのかの検討が行われ、ブタペスト宣言が採択されました。 2019年、20年を経て再び「世界科学フォーラム2019宣言」がブタペストで採択されました。宣言を策定し、社会に向けて高らかに謳うことにより、科学の目指す方向を社会と共有し、また関係者に科学という活動を見つめなおすきっかけとなります。科学技術コミュニケーションにも、このような宣言が必要ではないのかと考えたのはそのような科学に関する宣言が背景にはありました。

科学技術コミュニケーションが誰に対し ても開かれ、科学では乗り越えられない課題をともに乗り越える寄り添い手であることを、広く簡潔に発信する宣言を、20周年の機会にCoSTEPと、そして全国のサイエンスコミュニケーターと策定したいと考えたのがこのCoSTEP宣言の始まりです。

4つの目的

CoSTEP宣言を策定するにあたり、下敷きとなる4つの科学技術コミュニケーションの目的を設定しました。「伝える」、「育む」、「省みる」、「つなぐ」、これはCoSTEPがこれまでの20年を振り返り、自分たちが行ってきた活動の目的を整理したものです。

CoSTEP宣言

伝えるサイエンスコミュニケーション

伝えるサイエンスコミュニケーションには、科学と技術を正確に、中立的に、もしくは包括的に伝えるための活動が含まれます。

対話を通じて多様な価値観を尊重する
伝える前に、自分の立場を認識し、相手の立場や価値観を尊重することによって、建設的な対話へとつなげていきます。

背景
「対話」という言葉を入れることに疑問があるご意見がありましたが、当日は「対話」というキーワードが飛び交っていたように感じました。教育指導要領にあえて「対話」が入ったように、今回、宣言の中で「対話」が入ることにも意味があると判断しました。「価値観を認め合う」だと個対個の印象になるので「対話を通じて多様な価値観を尊重する」に修正しました。

「伝える」から「共有」へ
経験や技術の蓄積をもとに、覚悟と信念と勇気をもって、知識の一方的な伝達を超えて、情報を分かち合う関係を探り続けます。

背景
5番目の宣言文で「共感」が出てきますし、「伝える」行為が「共有」するというマインドセットに変わることが大切だということが伝わるには、「共感」が入ると伝えたいメッセージが少し弱くなっているとも取れましたので、ここでは「共有」にとどめることにしました。
難しいミッションなので、仰々しくても「覚悟と信念と勇気」は必要だと判断しました。

科学と社会の接点を模索する
科学と社会の多様な関わり方を意識しながら、正確さを大切にしつつ、わかりやすさを工夫して伝えることを目指します。 その過程で「伝える」と「伝わる」の間にあるギャップに向き合い、一人ひとりが納得感や安心感を持てる社会につなげられるよう、探究し続けます。

背景
ご提案にあった通り、「なめらか」→「接点を模索する」として多様性や段階性を意識した表現に変更しました。「正確さとわかりやすさのバランス」ではなく、「正確さを大切にしつつ、わかりやすさを工夫する」など二者択一でない姿勢にしました。笑顔=幸福感という直結表現を避け、「納得感や安心感」など幅を持たせた表現にしました。

納得をともにつくる
答えが一つではない多様な社会において、立場の違いを前提としながら、科学技術に関する情報を伝え合い、それぞれが納得できる多様な道筋を探り続けます。

背景
概要文を「伝える」のテーマに寄せました。「だれもが」→「それぞれが」 に変更し、個々の納得感を重視しました。「道」→「多様な道筋」 として、一つの方向に収束するイメージを避けました。

信頼と共感を育む社会へ
情報を伝えるとき、そこに込められた想いや価値観、そして場の空気も大切にします。 人々が安心して参加できる場をひらき、信頼と共感をともに育んでいきます。

背景
「人間だからできる」を削除し、「社会」という主体に言い換えました。ご意見でいただいた通り、「大義」は国家や道徳的な色彩が強すぎるため「想いや価値観」に変更しました。「まつり」は肯定的に捉える人と違和感を抱く人に分かれましたが、宗教性・地域性・閉鎖性を避け、しかし熱気や参加型の比喩は活かしたいので「開かれた場」「安心して参加」などの表現に変えました。「共感の輪を広げる」→「共感や信頼を育てる」と自然な流れに修正しました。

育むサイエンスコミュニケーション

人材を育む
仲間とのつながりを広げ、科学技術があたり前の世の中を創り、サイエンスコミュニケーターや市民科学者を育成します。

背景
サイエンスコミュニケーションを身近にするための宣言として作成されました。育む過程では、一人一人の努力で変えていくだけでなく、行政のシステムにサイエンスコミュニケーションを埋め込むなどの工夫も必要だということが話し合われました。

能力を育む
サイエンスコミュニケーターは、自身、そして社会の論理的思考力、科学リテラシーを育みます。全ての人が科学を楽しむ感情を大切にし、一人一人が生き抜く力を養います。

背景
学びの場をフォーマルからインフォーマルに拡張し、日常の中でサイエンスコミュニケーションに触れられる機会を増やす必要などが離されました。論理的思考や科学リテラシーの涵養は楽しいだけでなく、社会で科学を活用するために重要な能力として賛同されました。

場を育む
私たちは、科学と共に在ることに気づき、安心してコミュニケーションがとれる場を育みます

背景
場は動的に生成されるコミュニティ、状況も含みます。ハードだけでなく、ソフトとしての場という部分を強調し、心理的安全性にも考慮してコミュニケーションの場を育んでいくという表現が採用されました。

文化を育む
私たちは、誰でも科学技術を楽しみ、感性(わくわく)を伸ばし協創する文化を育みます。

背景
心を動かすことがサイエンスコミュニケーションの大切な部分という意味で、感性と書きわくわくと読むこの表現が好意的にうけとめられました。そして協創するという言葉には失敗にも寛容的な文化の醸成という意味も込められています。

未来を育む
私たちは、2045年、その先の未来に向けて、世代を超えた学びの連鎖が続いていく社会の実現に向けて行動します。

背景
文化や未来という言葉は抽象度が高いため、具体的な行動に結びつかない可能性がある。そのため、具体的な時間軸を設定し、サイエンスコミュニケーションをひらいていく活動をしていくという意識を「行動」という表現に込めました。

省みるサイエンスコミュニケーション

「出来事」を考察し共有する
リスクの種類や大小にかかわらず、体験した出来事を記録し適切なコミュニケーションを継続することで、経験と知恵を社会全体で共有・蓄積し、次の出来事に対する実効的および精神的な備えを築きます。

背景
危機の最中か平時か、出来事の種類や頻度、リスク範囲などによって、その都度求められるコミュニケーションの内容やタイミングは細かく変わります。このように、想定される状況が多様であることから議論が難航しましたが、CoSTEP宣言文を受け取る対象の広さに鑑みて、理想のコミュニケーション方法の詳細を列挙するのではなく、それらのコミュニケーションによって科学と社会をどのようにつなげるべきか、といった姿勢と意義に着目し、このような表現にまとめました。

今ここにいない「人」を思う
社会制度や科学技術の恩恵からこぼれ落ちる立場の人を見逃さず、また今後生まれるかもしれない新たなステークホルダーの存在を想像し、包摂的なコミュニケーションの場をつくります。

背景
サイエンスコミュニケーションでは、「誰が」「誰と」対話するかを意識する必要があります。議論の場に参加できない人、声を上げにくい人、制度や文化の枠外に置かれた人々の存在を無視しないことが、社会包摂性の担保には必須です。またそれを実現するためには、特定の専門家や関係者だけではない多様な視点が交わることで、科学と社会のズレを見つめ直し、包摂的な対話の基盤を育むことができます。この心得2は、当初から一貫して議論されており、確定にあたり表現やニュアンスを除いて大きな変更はしませんでした。

まだ見ぬ「未来」を見る
想定外の出来事に備えるために、社会の価値観の変化にアンテナを張り、ふさわしいコミュニケーションのあり方を柔軟に模索し続けます。

背景
危機の予兆や技術の転換点は、しばしば想定外の形で訪れます。それに備えるために、今はまだ認識できていない事象とそれに付随して起こるであろう課題について想定し、未来の多様な可能性を議論できる余白をつくっておく必要があります。心得2と同じく、心得3は当初から一貫して議論されており、確定にあたり趣旨を変えずにまとめました。

「立場」を自覚し、自身を省みる
専門性や立場の如何を問わず、仲介者であることを意識してコミュニケーションを行ないます。

背景
サイエンスコミュニケーションでは、専門家と非専門家のあいだに生じる情報の非対称性を把握しながら、対話を促すことが求められますが、近年、大きなリスクを伴う出来事について語る場面が増え、それに伴って専門家自身がコミュニケーターとして発信したり対話を主導する機会が増えてきました。「省みるサイエンスコミュニケーション」の宣言文を考案したメンバーにも該当する方が多かったこともあって、「役割の理解不足による欠如モデル的コミュニケーション」という具体的な過去の反省から、この心得4がうまれました。心得2、3と同じく、心得4も当初から一貫して議論されており、確定にあたり趣旨を変えずにまとめました。

歩みを「記録」し、次へつなぐ
サイエンスコミュニケーションとは、常に互いが納得できるものではなく、希望と絶望のあいだを行き来する絶え間ないプロセスです。そのため、社会が対話に疲れてしまわないために、試みた対話そのものの記録を蓄積し共有します。

背景
策定会議以降、妥当性や意義について最も議論された心得です。「省みる」場面は多層的に訪れます。ある出来事や課題そのものについて「立ち止まって考える」とき(心得1〜3)のほかに、私たちが行なったサイエンスコミュニケーション自体を「振り返る」とき(心得4、5)、があるということです。コミュニケーションによって、必ずしも課題解決や理想状態にたどり着けるとは限りません。それでも、それまでに行なったコミュニケーションのプロセスが全て無駄になるわけでもありません。社会が対話を継続するモチベーションを持ち続けるためにも、成功や失敗といった結果の良し悪しに関わらず、試みた対話そのものを軌跡を残していこう、という意図でまとめられた心得です。

つなぐサイエンスコミュニケーション

つなぐサイエンスコミュニケーションには、科学技術に関わる活動を開き、研究者と市民、研究者と他分野の専門家、そして研究者同士をつなぐための活動が含まれます。そのための心得を、意見を集約しまとめました。

科学からつなぐ
科学的知見が広く社会で活用され、その恩恵を社会が享受できるよう、知の循環をうながし、科学と科学を応用する世界とつなぎます。

背景
科学的知見を活用するためにも、双方向の仕組みが必要ということで「知の循環」という表現にしました。また科学と社会ではなく、科学が実際に応用される場面に適切につながれるということを狙い、「科学と科学を応用される世界」と表現しました。その後の意見を受け、何のために科学をつなげるのかという部分を追加しました。

社会からつなぐ
社会での課題を科学的な観点からも見つめなし、社会の課題を科学の現場につなぎます。

背景
社会的課題を単に研究サイドにつなぐのではなく、一度科学技術コミュニケーターがその課題を分析し、適切につなぐために「見つめなおし」という文言を入れました。また大学や研究所といった機関ではなく、人やプロジェクトに直接つなぐという意味も込めて「科学の現場」という表現にしました。その後の意見では、この部分はまだ十分にできていない心得であり、サイエンスコミュニケーションの課題であるという指摘がありました。それだからこそ、本心得を残す意味があると考えました。

課題につなぐ
科学だけでは解決できない課題に取り組むために分野、背景、立場を超え、多様な視野と知見をつなぎます。

背景
「科学だけでは解決できない」というところに、つなぐ目的を込めました。また視野と知見も様々で、広い視野だけではなく、狭く深い視野もあるうるということで「多様な」という表現にしました。多様という表現が逆に曖昧になるという指摘もありましたが、広い意味を持たせるため、残しました。

文化につなぐ
科学を文化的・人間的にとらえなおし、科学を多様な表現、思考、解釈とつなぎます。

背景
「表現、思考、解釈」の中に、文化的なものから表現、伝統、アート表現まで様々な要素を織り込めるように表現しました。文化的という意味が曖昧であるという指摘もありましたが、文化的という言葉には、あらゆる人が自律的にそして自身の幸福や納得の上に成り立つ生き方という意味が含まれるため、広い意味で合理的で科学的な意味を超えるものと考え、残しました。

つながらないにつなぐ
全ての人が科学技術とその多様な選択肢にアクセスできるよう、サイエンスコミュニケーション自体を常に反省的に振り返り、包摂的で応答性の高い活動になるよう成長させていきます。

背景
科学技術コミュニケーション自体を反省的で成長的なものにしていくために、自分たちも変わっていくことをこの部分に込めました。以前の文章ではその意図が伝わらないという指摘があったため、より背景の意図が伝わるように修正しました。