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慣れたように慣れていないような新しさから感じたこと

2020.4.2
シール・フロイヤーUntitled(Static)》2018

愛知県美術館10階、色々な作品が展示してある廊下を通り過ぎると、外と向き合う窓、そしてその窓の前にこの作品は展示されていました。一見照明にも見える本作は、音を用いた作品で、スピーカーの下で鑑賞者が動くと音が変わっていくと、ガイドさんが解説してくれました。

他の場所より一段上がった場所に設置されている鑑賞空間は、外の風景が立体的に映し出される大きな出窓に囲まれており、作品だけのために存在しているように感じられました。上を見上げると、黒い柱に付いたガラスの透明なドームが天井から吊り下げており、中心にある小さなスピーカーからノイズが聞こえてきます。ふっと雨音にも聞こえたり、子供のころ通りで聴いた「シャアーー」という音にも似ていたり、様々な音を想起させる清涼なホワイトノイズが不思議と心を落ち着かせてくれます。ドームの真下に立ち、頭や体を少し動かすと、新しいノイズがどんどん生まれてきます。

しばらく音だけに集中する時間を持った後、音とともに窓の外の風景を眺めたら、聞こえる音も風景も最初とは違うように感じられました。ノイズと目の前に見える風景がつながることにより、思わず音源を風景の中で探していました。また振り返って、展示室の他の作品とそれらを鑑賞する人々を眺めると、私だけ空間が切り離され、美術館そのものを鑑賞しているようでした。スピーカーと周りの空間を一緒に体験することによって、作品名《Untitled(Static)》の意味をなんとなく理解することができました。

自分の感覚、周辺の環境に加え、作品から生まれる様々な音の情報が重なり合い、頭の中が絶えず変奏していきます。なにか一つの解釈、現象があるわけではなく、この作品では対象や位置、周辺環境が多様に組み込まれ、絶えず形態が変化していきます。この作品によって、私たちが普段何気なく行っている情報の放出と受容の過程が、体験として可視化された ように思えました。

この作品の作家、シール・フロイヤーは日常の物で作品を作り、鑑賞者の想像と解釈で作品を完成させるコンセプチュアルアーティストです 。愛知トリエンナーレでは、同作家の別作品である《Fallen Star》も鑑賞できました。床に落ちた星がどこから来たのか、どうやって地面に映し出されているのかが不思議で、何度も視線を動かしてしまいました。 彼女の作品は単純でなじみ深い素材を用いていますが、それがふと風変わりな状況に置かれているため、知っている世界が急に遠ざかるような乖離を感じさせます。

実はこの作品を見る前まで、私はあいちトリエンナーレの難解で複雑な作品群の鑑賞に、体力的にも心理的にも疲れている状態でした。そんな時、この作品は、私の心を一瞬換気し、息をするため窓を開けてくれました 。目の前に見える木々や、ただ聞こえてくる音といった日常的な要素は、私と作品との距離を縮めてくれました。作家の意図や作品の背景を読み解き、なんとか作品のメッセージを理解しようという気持ちに急かされることなく、ありのままに作品を鑑賞し、その瞬間の体験そのものが作品の意味になることをこの作品から経験できました。

これまで私は、正確に問いかけ、それに正確な答えを出すことが科学技術コミュニケーションには、必要で重要なことだと考えていました。しかし、アートを通した表現とそれに伴う多面的な視点での鑑賞は、情報を伝える他の対話方法を提示してくれます。コミュニケーションは必ずしも全てを伝えなくても、全てを受け入れなくてもいい、そしてコミュニケーションは各自の解釈の多様性を含んでも成り立つ、ということを気付かせてくれました。

[参考]

《Untitled(Static)》  作品解説 https://aichitriennale.jp/artwork/A15.html
《Fallen Star》 作品解説 https://aichitriennale.jp/artwork/T07.html
Lisson gallery – シール・フロイヤー   https://www.lissongallery.com/artists/ceal-floyer

朴 志現(CoSTEP15期本科「札幌可視化プロジェクト」実習)