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自分の体で実験したい 命がけの科学者列伝

2020.7.31

著者: レスリー・デンディ,メル・ボーリング
訳: 梶山 あゆみ
イラスト: C.B.モーダン
出版社: 紀伊国屋書店
刊行年月日: 2007年2月17日
定価: 1,900円(税別)


未知の世界への挑戦

自分の体で実験をしてみたいと思ったことはあるだろうか。へんてこなジュースを飲み比べたり、怖いもの見たさで珍味を食べ、インターネットにあるダイエット法や衣装に挑み一喜一憂する。そんな風に自分を「実験台」にしたことはあるかもしれない。では、誰もやったことがない、それも危険を伴う可能性のある実験に挑戦したことは?

本書は命を賭して自己実験をした者たちの列伝である。「モルモット科学者」という原題には、人生を捧げた彼らの研究が未来の社会にどんな影響を与えてきたかを紹介したい、という著者の思いがこめられている。

たとえば、イギリスのホールデーン親子は「呼吸」に関する研究にその身を捧げた。彼らが生きたのはふたつの世界大戦にまたがる激動の時代。立派な髭をたくわえた父のジョンは、酸素から有毒な一酸化炭素まであらゆるガスを吸いこみ…具合を悪くした。その体調不良の記録をつけるだけではなく、炭坑で爆発事故があれば現場にとんでいき改善策を考え、毒ガスの撒かれた戦場があればガスマスク作りに力を尽くした。

そんな父の実験に、息子のジャックは幼少期から嬉々として参加していた。「耐えよ」という家訓のためだろうか。のちに生理学者となった時には「危険のない人生はマスタードをつけない牛肉のようなものだ。だが、私の人生は人の役に立つのだから、登山や自転車レースのようにただ危険のための危険を追い求めるのは間違っている」とさえ述べている。そうして彼は加圧室内で酸素を吸いながら、しょっちゅう鼻血を出すことになった。

彼らと研究仲間が実験で発作、昏倒、嘔吐することは日常茶飯事だった。しかしその研究のおかげで、地下鉄に乗る市民、炭坑や工場の労働者、潜水艦の乗組員、高空を飛ぶパイロット、さらに毒ガスに曝される兵士など、多くの人々が安全に呼吸できるようになった。ちなみに、ホールデーン親子は注意深く丁寧に実験を行っていたため、共に70代まで生き続けている。

そのほかにも本書には、伝染病と戦った者たち、身をもって麻酔やカテーテル、放射線を取り扱った者、そして生卵が固まる高温サウナでの我慢大会、といった研究エピソードが10章にわたりまとめられている。これらには写真も豊富に添えられており、いずれも物語としてとても読みやすくなっている。さらに注釈では後世の科学的発見にも言及しているため、科学の入門書としてもおすすめだ。

もちろん、根拠も無く危険を冒し、面白おかしく自分や他者の身体を使うことは間違っている。現在では、安全性や本人の同意がない人体の研究は禁止されており、実施する場合にも厳格な手続きが必要である。しかし、著者は「モルモット科学者たちは間違いなく今の時代にもいる。好奇心と、強い意志と、人々を助けたいという思いを胸に」と断言している。実際、巻末にある自己実験年表には、寄生虫を体内で飼う日本人研究者などが掲載されている。

過去の研究成果の蓄積によって、今の私たちは危険のない人生を送れている。だが、手の届く範囲での試行錯誤は誰にでも身に覚えがあるし、興味のあることに脇目も振らずに挑戦してみることもあるだろう。だからこそ、この風変わりで勇敢な科学者たちは、これからを生きる私たちの好奇心をもくすぐり、危うい魅力で科学と人の面白さに気づかせてくれる。


関連図書

  • 『人体の限界 人はどこまで耐えられるのか 人の能力はどこまで伸ばせるのか』山崎 昌 著(SBクリエイティブ 2018)

五感、体力や俊敏性からストレスや学習能力に至るまで、人体の機能についてイラストとグラフ、数値を交えて解説されている。また、基本的な用語が解説され、身体測定や体力検査、健康診断によって得られる数値の意味を知ることができる。

  • 『科学史年表 増補版』小山 慶太 著(中央公論新社 2011)

17世紀から21世紀にかけての発見や発明によってどのように科学が発展していったかを通観することができる一冊。「scientist」という呼称は、19世紀に導入された言葉であるように、近代科学の歴史は科学者の歴史とも言え、自然科学の探求がいかにして職業となったのかが分かる。


杉浦 みのり(CoSTEP16期本科ライティング・編集実習)