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120サイエンスカフェ札幌「コキコウガクシャ事件簿未来の地球のヒント過去にあり~」を開催しました

2021.11.17

石井 花菜(2021年度 本科/学生)

2021年10月8日(金))、関宰さん(北海道大学 低温科学研究所 准教授)をお招きし、第120回サイエンス・カフェ札幌「コキコウガクシャの事件簿~未来の地球のヒントは過去にあり~」を開催しました。過去の地球の気候を復元する古気候学の視点から、これからの気候変動について語り合いました。なお、本イベントの企画・運営は、石井・小笠原・小林・田中・山之内(2021年度 対話の場の創造実習受講生)が行いました。

 

第1章~未来の気候とコキコウガク~

今回のカフェは、推理小説「コキコウガクシャの事件簿」を読み進めるというという設定でした。小説の読者は参加者。主人公はもちろん気候分野の名探偵、コキコウガクシャの関さんです。

(関宰(せき・おさむ)さん(左)。専門は気候システム学、古気候学。2009年から北海道大学低温科学研究所准教授として勤務。将来、地球の気候状態がどのように変容するのかを解明するために過去、特に現在よりも温暖だった時代の気候変動に取り組んでいる。趣味は登山やキャンプ、息子とのサイクリング。)

物語は地球からの予告状がワトソンに届くところから始まります。しかし、予告状の最後の部分はかすんでいて読めません。困り果てたワトソンは、関さんのもとを訪ねます。関さんはどのようにこの予告状を解き明かすのでしょうか。

(関さんとワトソンが受け取った予告状。「それに伴い気候は」の後のかすんだ文章の答えとは……?)

気候を構成する要素の中で最も重要な気温は将来どのように進み、推理されているのでしょうか。これまでの捜査や他の名探偵たちによって現在推理されていることの整理から始めた関さん。温暖化対策を行わない場合、これから気温は単調に上昇していくという現在の予測や、その予測が主に100年程度の観測で得られた知見をもとにしたシミュレーションの結果であることなどを次々とワトソンに説明します。関さんはこの気温に関する予測に対しては概ね賛同しています。しかし、「単調に」という結論を出すのはまだ早く、予告状にあるこれからの気候変動の進み方にも正確には答えられないといいます。100年よりはるかに長い時間スケールで、気温がどのように変化し、それに伴ってどのように気候が変動したのかをもっと調べることが必要だからです。いよいよ過去に実際に起こった地球の気候変動について研究する「コキコウガク=古気候」の出番となります。

第2章~過去に起きた大事件、気候の大ジャンプ~

古気候学の捜査から、氷床が発達していたような過去の寒冷な時期(氷期)において、気温が急激に上昇し、やや緩やかに下がるという気候の大ジャンプが起こっていたことが解明されました。さらに、この事件は氷期の間に何度も繰り返され、“ダンスガードオシュガーサイクル”という歴史に名を残すような大事件へと発展したのです。多くの古気候学者たちによる懸命な捜査の結果、犯人は過去に北アメリカ大陸を覆っていた氷床であったと考えられています。氷床の崩壊が海洋や大気の循環を変え、全球的な気候変動につながったのでした。

(左のグラフは、約7万年前から現在までのグリーンランドの気温の推移を表しています。2万7000年前ごろを拡大したものが右の図。10℃近い気温の上昇が、実はたった数年で起こっていたのです。)

現在の文明はこの気候の不安定性に対しては脆弱なシステムだと関さんは話します。繁栄の基盤となっている圧倒的な生産力を誇る農業のシステムは、安定な気候を条件としているためです。ひとたび気候大ジャンプが起こると、私たち人類の文明はひとたまりもないかもしれません。

第3章~コキコウガクシャ・関の懸念~

コキコウガクシャとして関さんは「ある懸念」を抱いています。それは、「気候は、温暖化した将来でも安定だろうか?」という懸念。実は、現在よりも温暖だった時代に起こった温暖化の際にも、気温の大規模が起こっていた可能性が、古気候学の捜査から明らかになりつつあるのです!

(気候の安定性は、全球気温や二酸化炭素濃度など、気候状態に依存していることがわかっています。気候大ジャンプが起きていたのは氷期の中でも中間状態のとき。現在の気候は安定しています。では、気温が上昇する未来の気候も安定であり続けるでしょうか。それとも……?)

氷期に生じた気候大ジャンプの犯人は、過去に北アメリカ大陸を覆っていた氷床でした。関さんは、「今回の容疑者はグリーンランドと南極大陸の氷床だ」と話します。この推理の重要な手がかりとなったのは、今よりも少し温暖だった時代、300 〜500万年前の南極氷床が、崩壊と拡大を繰り返していたという復元結果です。そして、その結果と当時の気温の変動の関連性も、今まさに示され始めています。これは、グリーンランドや南極の氷床の急速な崩壊が、気候大ジャンプを引き起こすきっかけになる可能性があることを意味しています。

現在、グリーンランドと南極の氷床の融解が加速していることが観測されています。つまり、この事実と古気候学の視点から導かれる答えは、「温暖化は単調に進むとは限らない」ということ。これを検証するために関さんは、時間解像度をあげた過去の温暖期の捜査を進めています。

(古気候学の視点から温暖化は単調に進むとは限らないことがわかりました。関さんをはじめとした世界中の古気候学者は、懸命な捜査で得られた過去の手がかりから、将来の温暖化の進み方についてより時間解像度の高い推理をしている最中です。)
あとがき~関探偵からのメッセージ~

関さんは、現在、私たちは大気中の二酸化炭素濃度を人為的に増大させる地球規模の物理実験をしていて、今後気候がどのように変化するのかを観察している状態だと話します。この大きな問題点は気候変動の本質を完全に理解しないで実験を行っていること。そして、私たちがこの実験系の中に入っていること。「このまま実験を止めるのか、続けるのか。今がこの決断を迫られているときではないでしょうか。」と関さんから最後にメッセージがありました。

地球からの挑戦状~あなたはどう行動する~

最後に、地球からの予告状をもう一度確認すると、「それに伴い気候は……」という文章が「それに伴いあなたは……」と形を変えました。

これは地球からの私たちへの挑戦状でもあったのです。「あなたは……」の後に続く文章は、関さんだけでは解けません。みなさんと一緒に考える必要があります。温暖化に関してこれまで持っていた、そしてコキコウガクシャの事件簿で新たに得た情報を踏まえて、みなさんはどういった推理をしますか? よかったら周りの人とも話してみてください。

コキコウガクシャ兼名探偵の関さん、当日ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。


当日答えられなかった質問について、関さんにお答いただきました。
Q1. 17~19世紀は世界的に見ても寒冷で、作物の不作がたびたびたびあって、江戸四大飢饉に前後してヨーロッパで戦争や革命が起きてます。そこで思ったのですが、人類の歴史上の記録からも気候変動の歴史を読み取り、未来に備えることもできるのではないでしょうか?

そのような研究はこれまでにも精力的に行われており、農耕の発展や文明の興亡の背景には気候変動が大きく関わっていたことがだんだんとわかってきました。特に急激な気候変動や気候の不安定化が文明などに甚大なダメージを与えるようです。今後の温暖化で気候がどのように変化する可能性があるのかに関する知見を得ることが重要な課題と言えます。

Q2. 温暖化の影響は、地域によって差がありますか?温暖化の影響を受けやすい場所、受けにくい場所はどこですか?

はい、地域差はあります。例えば、低緯度よりも高緯度で気候変化が大きいことがわかっています。これは「極域増幅」と呼ばれており、温暖化によって雪や氷などが溶けることによって、太陽光を反射してくれる効果が減少していることが大きな要因の1つと考えられています。

Q3. 拡大する氷床の水はどこから来るのですか?海?空気中?氷床はどのように太るのでしょうか?(外側が増えて外側がまた解けるのか、中心から湧くように増えて常に外側が解ける?)

水の主な起源ですが、海から蒸発した水蒸気です。それが大気経由で極域に輸送されて、冷えて降雪となって氷床を太らせます。降雪量が氷の損失量を上回る状態がずっと続いた場合、氷床がどんどん太っていきます。氷床は実は流動していて、中心部から末端にかけて流動します。末端部での氷床の崩壊や、融解によって氷が失われていくのです。