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モジュール3-1「事例研究という方法」(9月5日)三上直之先生講義レポート

2026.10.7

反中ひろの(2026年度選科C受講生)

モジュール3-1では、「事例研究という方法」と題し、三上直之先生(名古屋大学大学院環境学研究科教授)にご講義いただきました。三上先生は環境社会学、科学技術社会論を専門分野に、環境と科学技術の分野を中心として、参加・熟議を生かした協働的なガバナンスのあり方を実践的に研究されています。
過去のCoSTEPでも、ご自身の実践から「ミニ・パブリックスと参加・熟議のデザイン」などの講義をいただいています。

今回は、社会の中での科学技術コミュニケーションのあり方を深く学ぶための大事な技法の一つとして、「事例研究」を取り上げていただきました。

事例研究とは何か

本講義では、事例研究は次のように定義されました。

● 多様な関係者の間で科学技術をめぐるコミュニケーションが問題となっている(いた)ケースを対象に
● インタビュー調査や資料収集などによって証拠を揃え、事例を記述・分析し
● それを使って、科学技術コミュニケーションに関する普遍的な論点について考察すること

では、「事例」とはどんなものなのでしょうか。
今回の講義で挙げられたのは、以下のようなものです。

・事例1:先生ご自身がお仕事で携わられた討論型世論調査をふり返った研究。「当時の政権の意思決定に討論型世論調査はインパクトを与えたのか」を問いに、当時のアンケート結果や政府の会議を細かく時系列で分析しています。
・事例2:「市民はなぜサイエンスカフェを始め、どうして続けられたのか」を問いに、3つの市民主催のサイエンスカフェを対象とした研究。運営者へのインタビューを通じて一つずつ深く調べたうえで分析、比較し、共通要素を見出しています。
・事例3:「どういう専門家なら信頼できるのか、どういう人を専門家とするのか」を問いに、専門家観を引き出す参加型イベントを企画した取り組み。結果を整理し、既存の研究と比べて専門家と市民の関係を再考しています。
・事例4:核遺産(暗黒遺産)の展示を対象に、学芸員への聞き取り調査を行った考察。展示館と来館者だけでなく、展示館と被ばく当事者や家族との間のコミュニケーションという観点からも、科学技術コミュニケーションの役割を見出しています。
・事例5:コロナ禍で、「オンラインでどうすれば双方向的にできるのか」を問いに、参加者アンケートから運営側の工夫の受け止め方を調べた実践。自分たちの実践を分析して、次の実践につなげられる知見として文章化しています。

三上先生は以上の事例紹介を踏まえて、大切なのは、普遍的に科学技術コミュニケーションの実践につなげられる問いを対象の事例から設計することだと強調されました。

学ぶために読む、そして書く

三上先生は事例研究を学ぶ、ではなく、事例研究「で」学ぶ、といいます。その方法は、読むこと(ひとりで、みんなで)、読んで得た知識を実践に生かすこと、そして自分で事例研究を書くことです。書くことは読むこととは段違いに大変な一方、いろいろなことに気づけると先生はいいます。活動をふり返って意味や課題を整理し、その知見をこれから取り組む人が使える形で社会に還元できる点も、書く良さだといいます。

先生ご自身は、2020年に札幌市役所との研究プロジェクトの一環として、全国で最初に気候市民会議を実施されました。この実践を含めて環境社会学の実践事例集を執筆したところ、その後、約30の地域で参照されたそうです。この経験から、先に取り組んだ事例を記録し共有することが次の実践に生かされること、そのようにして先立つ事例を体系化することが貢献になると実感したといいます。

手軽に始める方法として紹介されたのは、実践活動の事例報告を、短くても論文として書くことです。全く知らない人に書き言葉で伝えようとすると、実践を見つめ直す手がかりになります。さらに、書いたものは半永久的に第三者が読め、思わぬキーワードで検索されて参照されることもあり、学術的貢献につながります。

論文とは、(1)未解決の大事な問題について(【問い】)、(2)筋道立てて根拠を示しながら(【根拠】)、(3)自分の言いたいことを述べた(【主張】)文章です。宮内泰介・上田昌文『実践自分で調べる技術』(2020、岩波新書)では、論文は定型化されていて書きやすい形式と紹介されています。ここでも、大事なのはまだ未解決の問いを設定することだと強調されました。

論文を書くためのプロセスとコツ

論文を書くプロセスは、テーマ設定、資料・文献調査、データ収集、整理、執筆の順です。

● テーマ設定では、事例を決めて問いを明確にします。事例選びは厳格に考えすぎず、手持ちの事例にどんな切り口を持ち込めば何が見えてくるかを考えてみるとよい、とのことです。
● データ収集では、データを「育てる」という発想が強調されました。活動記録のメモや写真、インタビューに加え、メールのアーカイブや議事録もデータになります。計画的に取っていなくても、当時の活動を話してもらい、記憶を一定の方法で引き出して文章にすれば、後からデータにできるといいます。
● 分析と考察では、データを何度も読み込み、いろいろな角度で整理して「データとの対話」を重ねることが大切とされました。そこからキーワードが浮かび、新しい主張が見えてきます。主張もデータと同様に「育てる」という発想で、じっくり観察して考え抜くことが求められます。

書き始めるコツとして、サンプル論文を見つけることを教えていただきました。『科学技術コミュニケーション』(Japanese Journal of Science Communication, JJSC)は事例研究論文の宝庫です。トピックや手法が近い論文を、解剖するつもりで読み、要素へ分解します。同じ要素を自分で書くには何を集め、どう分析すればよいか。その道筋が見えてくるそうです。

本格的に学びたい人のために

本格的に学ぶために必要なものとして、事例とテーマ、ともに学ぶ仲間、分析手法・技法の主に3つが紹介されました。なかでも仲間について、先生は北海道大学で長らく、大学院生や修了生と事例論文についてのゼミを開いていました。仲間と読み合い、草稿にコメントし合い、励まし合う時間は、何物にも代えがたい価値があったといいます。

質疑応答では、「書こうとしても活動報告になりそう、論文との違いは何か」という疑問が出ました。目安は、普遍性のある科学技術コミュニケーション上の問題を明らかにできるかどうかです。新しいことが言えないからと書かないのはもったいない。書けば論文以外の形でも発信の可能性がひらけるので、まずは気軽に書いてみてほしい、ハードルを上げすぎないで、と背中を押していただきました。また、うまくいかなかった事例も、実践の限界を明らかにできます。どの研究も成功と失敗の両方を含んでいる、とのことでした。

講義を受けて、私自身はついつい準備から実践までを終えた時点で一段落してしまいがちだと気づかされました。しかし、シングルケースからも普遍的な知恵や可能性につながる要素を見出し、問いとして昇華する視点を持ち続けることで、普段のデータの扱い方や見え方、切り出し方が変わってくるのだろうと感じました。また、未解明の問いを見出すには、科学技術コミュニケーション分野における現在地を広く知る必要があり、そのために過去の事例研究を参照することが大切だと実感しました。

紹介された事例研究

1 Fujigaki, Y. (ed.) (2015) Lessons From Fukushima: Japanese Case Studies on Science, Technology and Society, Springer, pp.87-122, 2015.
2 小林良彦・ 坂倉真衣・ 吉岡瑞樹 他(2024)「草の根サイエンスカフェの開設・継続に必要な要素:九州北部地域の三つのサイエンスカフェの質的研究から」『科学技術コミュニケーション』35, 13-24.
3 加藤多笑・久保田祐貴(2024)「生活者の専門家観を題材とした実践と専門家観の分析:「専門家」を再考する」『科学技術コミュニケーション』34, 1-19.

4 棚橋沙由理・白岩志康・Suzie Thomas(2024)「核遺産を通じた科学技術コミュニケーションの一考察:被ばく船「第五福竜丸」の展示から」『科学技術コミュニケーション』35, 43-58.
5 寺田一貴・小野遥・大林花織ら(2024)「五感を活用したオンラインサイエンスイベントにおける双方向コミュニケーションの実践:エネルギーを視聴覚で体感するコンテンツの有効性」『科学技術コミュニケーション』34, 21-45.


三上先生、ありがとうございました。