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なぜ彼らは天才的能力を示すのか サヴァン症候群の驚異

2010.6.29

著者:D.A.トレッファート 著

出版社:19901000

刊行年月:1990年10月

定価:0円


 紀元32011年8月18日は何曜日,と聞かれてすぐに答えられる人がいる。チャイコフスキーのピアノ協奏曲を初めて聞かされ,すぐに弾ける人がいる。彼らの才能は驚異的だが,簡単な足し算もできなければ,食事も一人ではできない。脳障害があって,自閉症の症状を示し,知能も極めて低い。

 

 

 知能は低いが,ある一面で驚異的な才能を示すことから,これらの病状は「サヴァン症候群」と呼ばれる。サヴァン(savant)は「学者」というフランス語が語源である。サヴァン症候群の人たちは,1990年までの100年間に数百人ほど確認されている。画家の山下清も,サヴァン症候群だったという。サヴァン特有の才能は,突如として現われ,突然に消失してしまうこともある。男性に多く,女性は稀だ。

 

 

 本書は,謎に満ちたサヴァンについて膨大な記録をまとめ,その不思議に挑戦する科学の取り組みを紹介している。著者は,小児部門の精神科医として1959年に初めてサヴァンと出会い,彼らの才能に驚いたことからサヴァンの文献をひもとき始めた。

 

 

 サヴァンの謎は脳研究の進歩により解明されつつある。たとえばサヴァンの才能が出現する要因は,脳の損傷にあるという説が浮上している。人間の右脳と左脳はそれぞれ異なる能力を司っている。左脳が損傷を受けると,右脳がそれを補償しようと発達して右脳が優位になる。すると右脳の機能が際立って発揮され,サヴァンの才能が現れるのではないか,というわけだ。

 

 

 また,サヴァンの並はずれた記憶力の研究をとおして,記憶の仕組みの解明が期待できるという。われわれは誰しもが記憶のあやふやさにやきもきすることがある。だがサヴァンは自在に記憶を呼び起こせる。その仕組みがわかれば,あいまいな記憶に悩むこともなくなる。

 

 

 人類は病気を研究することで健康に関する知識を積み重ねてきた。サヴァンなどにみられる脳の機能不全の研究が進めば,いつか脳障害を治せる方法を見つけられるかもしれない。だがこうした知見を,脳障害の治療に無造作に応用することはできない。倫理問題がつきまとうからだ。脳障害を治療するのが「よい」かどうかは科学者だけでは答えが出せないため,広く討議する場が必要だと著者はいう。

 

 

 サヴァンに関する研究や議論がまだ不十分という現実の中で,我々はサヴァンとどう向き合うべきか?

 

 

 彼らは他人の助けがなければ日常生活をこなせない。かといって,生活能力が身につくよう教育すると,こんどは才能を失ってしまうことがある。特殊な才能を人々から賞賛されることは彼らにとって喜びであるのに,その才能を失ってまで生活能力を得るのがよいことなのか?「障害を除去するより,まずは才能を育てることに集中すべきだ」というのが著者の答えだ。

 

 

 本書が世に出たのは1990年といささか古いが,サヴァンについて体系的に記した書籍は他に見あたらない。今なお本書は,サヴァンを通して人間の脳の不思議と可能性を教えてくれる良書である。

 

 

手皮直樹(2007年度CoSTEP本科生,札幌市)