著者:島 泰三 著
出版社:20030800
刊行年月:2003年8月
定価:880円
私たち人間の手には5本の指があります。その中でなぜ親指は太いのでしょうか。この本は、著者が30年にわたって行ってきたサルの研究成果から、人類進化の謎に迫ります。
著者は、アフリカ大陸の東に位置するマダカスカル島固有のサルであるアイアイ研究の第一人者です。アイアイは世界三大珍獣のひとつとされ、1983年までその存在は不明でしたが、翌年に著者が世界で初めて野生のアイアイが果実を食べている様子を観察しました。それまでアイアイは昆虫を食べると言われていましたが、著者が行った調査により、その主食はラミーと呼ばれる果実であることがわかりました。アイアイは針金のような中指とリスのような歯を持ち、ほかの霊長類にはみられない特徴をもっています。アイアイの手の特殊な構造は文中に示される精緻な挿絵で確認できますが、私たちが知っているサルの手とはまったく違うことがわかります。
著者はアイアイの主食とこの特殊な指や口との関係、簡単にいえば、主食とその食べ方を調べ、ひとつの結論に至ります。それは、「主食は霊長類の種(しゅ)の口と手の形を決定する」というものです。著者はこれを「口と手連合仮説」と名付けました。ほかのサルたちは口と手をどのように使って食事をするのか、食べ物を探す際の移動方法にも眼を向けながら、仮説を検証していきます。調査はマダカスカルを出発し、アフリカ大陸、アジア、日本にまたがりました。著者は行動観察の結果が事実による証明として適用できる内容なのかを冷静な視点で考察していきます。そしてサルの研究から得た知見をもとに、いよいよ人類の直立二足歩行の起源に迫るのです。
原始の人類のイメージといえば、石器を片手に動物を狩猟する絵が頭に浮かびますが、著者は、初期人類は野生動物であり、狩猟者となるのにはさらに年月を要したと推定します。ほかの動物のほとんどがアフリカの大地での移動に有利な4足歩行を選択したのに対し、私たち人類は2本の足で立ち、歩くことを選んだのはなぜか? 多くの捕食者に囲まれた環境で初期人類はどのように生き残ったのか? 初期人類の主食は何だったのか、それを食するため口と手の形はどうあるべきだったのか? ミステリー小説の謎解きのような展開で話は進みます。
この本では、扉絵をはじめとして随所にサルの写真、スケッチが挿入されています。ニホンザル等、一部のサルに関するものを除くと、ふだんは目にしたことがないものばかりで、生き生きとした描写は新たな発見に満ちています。中でも扉絵に示されるさまざまな霊長類の手のひらのスケッチは、生物の進化と多様性について私たちが考えるための教材といっても良いと思います。
今度動物園へ足を運ばれた際には、ぜひこの本を片手に進化の謎に思いを寄せてみてはいかがでしょうか。
金村 直俊(2012年度CoSTEP選科生 北海道)