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22回三省堂サイエンスカフェ in 札幌 ”カムチャツカ北海道の森にみられる植物たちの『これが私の生きる道』”を開催しました

2016.3.29

2016年3月13日(日)、第22回三省堂サイエンスカフェ in 札幌 CoSTEPシリーズ”カムチャツカと北海道の森にみられる植物たちの『これが私の生きる道』”が開催されました。

ゲストには、世界でもめずらしいカムチャツカの森の研究者、北海道大学低温科学研究所教授の原登志彦さんを迎え、寒冷域の生物多様性についてお話をうかがいました。ファシリテーターを務めたのは、CoSTEP教員の葛西奈津子です。原さんと葛西は京都大学理学部生物系の同窓生。途中、原さんから「下手な漫才みたい」と「つっ込み」が入るなど、関西風のノリでイベントは進みました。

カムチャツカってどんな場所?

カムチャツカ半島は、かつてはロシアと東欧の研究者以外は研究することのできない場所でした。旧ソビエト連邦の崩壊(1991年)と対外解放(1992年)の後、北海道大学低温科学研究者では、「氷河と水文気象グループ」と「寒冷域植物生理生態グループ」に分かれカムチャツカ・プロジェクトを開始しました。カムチャツカの森林調査は1997年に始まりました。

これ以前の、日本人によるカムチャツカに関する記録としては、船頭・大黒屋光太夫(1751-1828)による文書があります。大黒屋光太夫は、天明2年(1782)に紀伊家の廻米を積んで伊勢・白子の浦を出港し、江戸へと向かいましたが、激しい嵐に遭遇して漂流し、8ヵ月後にアリューシャン列島のアムチトカ島に漂着します。孤島で4年間耐え忍んだ乗組員たちは、流木を集めて船を組んでカムチャッカ半島へ向い、さらに陸路を経て厳寒のシベリアを越え、西の果てのサンクト・ペテルブルグで女帝エカチェリーナ2世に帰国願いの直訴をしたといいます。大黒屋光太夫がついに再び日本の土を踏んだのは、10年後のことでした。この記録文書にもとづいて作られたのが、井上靖著「おろしあ国酔夢譚」です。

カムチャツカへの探検

原さんらは、この大黒屋光太夫さながらの冒険で、カムチャツカの森林調査地コズイレフスクに向かいます。札幌を出発してから、順調に進んで4日。途中、道なき道をナタで切り開く場面もあるそうです。蚊の大群とたたかいながらのキャンプ生活、ウォッカが欠かせない夜の宴会、天然のブルーベリーがたくさんとれることなど、いつまでも聞いていたいくらいの冒険ストーリーでした。

日本の森とカムチャツカの森

今回のイベントでは、パワーポイントを使って原さんが話されるとなりで、CoSTEP教員の種村剛が大きな紙に「板書」をする、という演出を試みました。パワーポイントの映像は次々進んでしまうので、なんども参照してほしいことや、ぜひ覚えてほしいことをどんどん書いていきました。この演出は、参加者アンケートを見ても「カラフルな板書がおもしろかった」と好評でした。

さて、カムチャツカの森の話に入る前に、日本の森について解説をいただきました。なかでも私たちのすむ北海道は、針葉樹と広葉樹が混交した森が見られる世界でもめずらしい地域ということで、赤や黄色の紅葉と針葉樹の緑が混じった秋の風景は、世界中でも限られた場所でしか見られないのだと知りました。

太陽の光がストレスになる 極北の森

一般に、植物は成長のために光を必要とします。

たとえば、熱帯林や温帯林では、新しい木の成長は、ギャップと呼ばれる明るいところ(成木が枯死した後にできる空所)でおこります。葉が茂った暗い所(林冠下)では幼木は枯死してしまいます。このように、幼木がギャップで定着し生育することを「森林のギャップ更新」といい、これは生態学の定説です。ところがカムチャツカの北方林では、これとはまったく逆のことが起こります。

カムチャツカでは、カラマツやエゾマツの幼木は、林冠下(暗いところ)で生育し、ギャップ(明るいところ)では枯死してしまいます。これを「林冠下更新」といい、ギャップ更新とは真逆の現象です。

このようなことが起こる理由として、葉の光合成系が光ストレスによる傷害(光傷害)を受けることから説明できると、原さんは考えました。

芽生え後の小さな幼木は、気温の低い環境下では、光がかえってストレスとなるため、ギャップでは枯死してしまいます。成木の周りに寄り添って生育します。

しかし、成木がいつまで残っていると、幼木は大きくなれずにやはり枯死してしまいます。 幼木がある程度大きくなった段階で、上にいる成木が枯れれば、幼木は引き続き生長できます。子どもがある程度大きくなるまでは親に寄り添うけれど、いつまでもその状態が続くと子は成長できず、親がいなくなることが必要・・・とは、なんだか身につまされる話ではないでしょうか。

カムチャツカの森 四者四様の「生きる道」

このように、カムチャツカの森の生態は、温帯や熱帯の森林生態とは大きく異なります。

カムチャツカの森では、カラマツ、エゾマツ、シラカバ、エゾヤマナラシ(ポプラの一種)が優占して見られますが、この4種の樹木は、それぞれにまったく異なる生き方をしています。その生き方を探る研究は、「まるで探偵小説のよう」との感想も寄せられるほど、わくわくさせられるものでした。

森林火災が変えるカムチャツカの森の景観

低温研の「氷河と水文気象グループ」の研究によれば、カムチャツカのカレイタ氷河は、1960~2000年の40年間で450 m後退しました。カムチャツカでは、過去40年に降水量が25%減少し、乾燥化が問題となっています。これは地球規模の温暖化の影響と考えられています。カムチャツカの陸域では、気温の上昇はほとんど見られませんが、氷河の縮小と乾燥化、そして森林火災の頻発化として大きな影響を受けていると原さんは指摘します。

落雷などによる自然発生の「適度」な森林火災は、植生の生物多様性に重要な自然かく乱と考えられています(中規模撹乱説)。しかし、ロシア極東では、人為的な森林火災の発生件数が急増し、植生の生物多様性にマイナスの影響を与えていると懸念されています。

カラマツ林で森林火災がおきると、林冠が消失したエリア全体がまるで大きなギャップのようになり、カラマツの幼木は成長することができません。クローンで繁殖するエゾヤマナラシやシラカバがとってかわるようになります。

気象・環境と植物の間の微妙なバランスのもとに、現在の北方林は成立しています。環境ストレスが強い場所でひとたび植生が失われると、回復には長い年月が必要です。種の多様性は低いけれども生態系の多様性は高い、すなわちさまざまな「生きる道」の見られる北方林は、長い年月をかけて適応的な進化の末にうまれた生態系です。

人為的で急激な気候・環境変化によって、そのバランスが崩れる可能性があることを警告して、原さんのお話は締めくくられました。

このあと、短い時間でしたが活発な質疑応答が行われました。

参加者アンケートを見ると、「樹木の生態にこのようなちがいがあると初めて知った」「専門的なテーマをていねいに説明していただきわかりやすかった」「北方林の抱える問題が深いと知った」「基礎的なお話が謎解きとなっていていいですね。イノベーション的な話よりいいです」「先生のお話がおもしろかった」「日本での常識が、必ずしも海外・環境の異なる場所での常識でないとわかった」と、テーマと研究内容そのものに大きな関心をもって聴いていただけたことがわかりました。また、「対話形式で聞きやすくわかりやすかった」「飲み物とお菓子、机があると落ち着いてメモをとりながら聴けてよいですね」「『おろしあ国酔夢譚』をすぐに買いました」といった声もあり、文字通りのカフェの中で開催するサイエンスカフェとして、お楽しみいただけたようでした。

原さん、楽しいお話をありがとうございました。

三省堂サイエンスカフェは不定期の開催です。全国の三省堂書店で開催しています。公式サイトで最新のイベント情報をご確認の上、ぜひお近くの会場へおでかけください。

http://www.books-sanseido.co.jp/event/sc/

第22回 三省堂サイエンスカフェ in 札幌

日 時:3月13日(日)15:00~16:30

会 場:三省堂書店 札幌店(JR 札幌ステラプレイス5階)/店内のUCC カフェ

ゲスト:原登志彦さん(北海道大学低温科学研究所教授)

聞き手:葛西奈津子(CoSTEP特任准教授・スポーツ&サイエンスライター)

主 催:三省堂書店 札幌店 共催:北海道大学CoSTEP・日本学術会議北海道地区会議