デュアルユースは「軍民両用性」、拡げれば「用途の両義性」を意味します。たとえば、原子核物理学研究は「核兵器」と「原子力発電」という軍と民の両応用を基礎づけました。CoSTEPと理学院科学コミュニケーション講座は2016年3月12日、古くて新しい、今注目すべきこの問題について、科学技術政策専門家、科学史家、ジャーナリスト、基礎科学研究者の4者が議論する公開シンポジウムを開催しました(共催に理学研究院物理学部門と物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム)。以下、その概況を報告します。
デュアルユース政策の現状
政策研究大学院大学・科学技術イノベーション政策研究センター専門職の小山田和仁さんは、現在の軍事・安全保障の研究開発状況を「国家による研究開発の停滞」+「民生先進技術の取り込み必須」と位置づけ、内外の現状を紹介しました。
現代の技術開発は、GPS、AI、ロボットなどIT技術を主とした「新興/先進技術」(Emerging Technologies)が民間の技術開発を進展・拡大させ、相対的に縮小している国家による軍事・安全保障プロパーの研究開発がそれに依存せざるを得ない状況を作り出しています。米国の軍事・安全保障技術の優位を確立すべく生まれたDARPA(米国国防高等研究計画局、Defense Advanced Research Projects Agency)でさえ、最近のロボティクス・チャレンジ(2012〜15)で、原子力事故のような過酷な状況でも対応できるロボット開発(もちろん軍事応用も可能)を全世界の大学、研究機関、企業を対象に賞金200万ドルでチャレンジを呼びかけました。米国の技術的優位が維持できれば、軍民間のスピンオフ、スピンオンが期待できる、としているのは現代的なデュアルユース的な開発過程といえます。小山田さんは、米国に加え英国、スウェーデン、EU、オーストラリアでも軍事・安全保障技術開発が大学などとの連携で実施されている現状を紹介しました。
日本での状況としては、2015年に発足した防衛装備庁での安全保障技術研究推進制度の創設、JAXA、JAMSTECなどの研究機関との連携、内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)でのデュアルユースへの言及や第5期科学技術基本計画で「国家安全保障上の諸課題への対応」が重要政策課題として設定されたことを紹介、科学研究の競争的資金として総額は小さいものの存在感を示しつつあるとしました。
しかし、その一方で、デュアルユース研究開発に対して、日本の大学では歴史的経緯から制度・体制は未整備/研究室や建物の物理的隔離はできず、留学生もいて情報管理が困難/安全保障関連技術の輸出管理体制も不十分/海外共同研究でも知財・情報管理が問題……と指摘しました。「デュアルユースの要請が増えるとしても、アカデミアとして対応する姿勢や具体的制度は未定で課題は多い」と小山田さんは結びました。
日本の歴史から学ぶ
次に、理学研究院の杉山滋郎さんは科学史家としての立場から、デュアルユースの過去・現在・未来における問題をまとめました。
「学者の国会」といわれる日本学術会議は1949年創立以来、学問の平和利用を何度も議題に挙げたのはその嚆矢でした。1950年に全員一致で決議された「戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わないという決意の表明」以来、同会議ではこの問題について可否両方の道をたどってきました。これは学者の世界でも「政治」の位置づけをめぐる微妙な背景があったことを示しています。
そういう中で、50年代に、研究への米軍資金の導入をめぐって中谷宇吉郎が発した「資金の出所だけで軍事研究とは決められない」「基礎研究は軍事研究ではない」「発表の自由があればよい」という言葉は今日まで余韻を残してきました。
日本の科学界では、科学(あるいは大学での学問)と平和・軍事の関係について、ラッセル・アインシュタイン宣言(55年)をきっかけに、パグウォッシュ会議(57年〜)、科学者京都会議(62年〜)などと議論され、さらには国際会議への米軍資金供与をめぐって日本物理学会が「今後内外を問わず、一切の軍隊からの援助、その他一切の協力関係を持たない」という決議(67年)をしたことも特筆されます。
しかし、最近になって、宇宙の平和利用をめぐって「一般化した技術は自衛隊が使っても平和目的に反しない」という「一般化理論」が登場したり、防衛省開発の技術が民生分野で展開可能となったりと、もはや転用とは異なる科学技術の軍民「併存・並走」状況が現実だ、と杉山さんは指摘しました。その背景には、①民生技術の進歩の速さ、②情報収集インフラが重要となるなどの軍事・安全保障技術が変容した、③デュアルユースを産業界も市場拡大のチャンスと見る−などがあるとし、さらに生命科学では、細菌学・ウイルス学の発展などから、意図せずとも生物兵器への応用が可能になる科学技術が登場し、核技術のような「規制」ができない現状が登場していることを紹介しました。
そこで杉山さんは、デュアルユースについて、①自由な研究を阻害する悪影響をどう防ぐか、②許容されない軍事研究をどう防ぐか、③許容される軍事研究はあるのか、という三つの論点を提出、「資金の出所」「基礎研究」において、線引が困難になる一方、透明性の確保/専門家集団の判断/記録とその公開/市民の関与/内部告発の保持/ジャーナリズムへの期待……などの方策が重要、とまとめました。
異なる立場の4者が討議
高等教育推進機構の三上直之さんが進行役を務めたパネルディスカッションでは、デュアルユースの記事を書いてきた毎日新聞科学環境部の千葉紀和さんと、有機化学を専門とする研究者として本学工学研究院の伊藤肇さんが加わり、議論を深めました。
千葉さんが「科学者の価値観や認識の変化、現政権の動きとその影響が気にかかる」とした一方で、伊藤さんは「研究者としては知的好奇心で動いており、(杉山さんが紹介したような)時代を受け継いでいないのは課題だ。最近の動きについても、多くの研究現場ではまだ話題になっていない」と述べました。
さらに小山田さんは「安全保障関連の研究開発はやらなければならないが、一般市民の懸念も理解できる。すべての研究者が『参加しなければならぬ』というのも変で、研究者個人としては関与しないという判断もありうる」と指摘しました。
杉山さんは「安全保障環境の変化が、関連分野の予算増を引き起こし、予算減に苦しむ科学者が研究費を受け、それが軍拡に……というサイクルの中だけで議論するのでは問題が残る。軍縮へ繋がるサイクルを模索することも必要では」とコメントしてディスカッションを締めくくりました。
科学者集団の責任
閉会のことばで、本学副学長の新田孝彦理事は、技術史家クランツバーグの第一法則『技術は善でも悪でもなく、中立でもない』を引き「中立だから悪用した方が悪い、という態度をとってはならない。研究の意義・影響を考慮して進めることが、科学者集団の責任だ」と述べました。
会場からの声
会場の参加者にアンケートで「大学や研究機関が、軍事・安全保障関連の機関が提供する研究費を受けることについてどう思いますか」と聞いたところ、その答えは賛成から反対、わからないまで、一部に偏ることなく分散しました。
賛否の理由として、「提供元が問題ではなく発展性の問題になる」「一定の線引きは必要だが安全保障を考えると”潜在的な軍事技術”は維持していくべき」「現状では、科学者のみならず国民がこの問題について議論する土壌がないため自分ももっと知ることが必要だし、たくさんの人と議論していくことが必要」「時代、状況が変化してきていることは理解できるが、政治からの働きかけに科学がどう対応するのかを議論するのは本来的には逆だと思える。基本的にはこれまでの(軍事研究をしないという)姿勢を堅持すべき」「成果の公開などが保障されたとしても、防衛省などがお金を出すということは、軍事応用が強く期待されている。それを受けるのは、軍事利用を許容することになる。研究の芽の段階で軍事利用を予測するのは、研究の数量においてもきびしい。しかし、いずれかの段階でチェックする目は必要で、そういった議論をできる団体や機関の必要性を行政に向けてねばり強くうったえていくべき」という意見がありました。
また、デュアルユース問題について、「あまり考えたことのないテーマでしたが、サイエンスコミュニケーションの場において不可欠なテーマだと知りました」といった声もありました。まだ十分な議論が追いついてない状況ですが、6月末発行予定の『科学技術コミュニケーション』19号では、本シンポジウムを収録する予定です。CoSTEPは、科学技術コミュニケーションの課題の一つとしてこのデュアルユース問題に取り組んでいきたいと思います。