2. 挑む33. 電子書籍、ふたたび
福島第一原子力発電所が重大事故を起こした。事故そのものが予断を許さない状況であり、放射線被曝も現実となって、人々は不安に陥れられた。事実を知りたいと新聞やテレビ、ネットにすがれども、「ベント」「ベクレル」「シーベルト」「線量」「ただちには……ない」など、馴染みのない用語・表現が氾濫し、よくわからない、という状況がつづいた。
スタッフ一同、何か「できること」がないか考えた。原発事故の状況について理解するための情報提供を考えたが、分からないことが余りにも多すぎる。食品などを介しての放射線被曝の問題であれば、報道されている測定値などを手がかりに、専門家の協力を得つつ情報提供できるかも知れない。北海道に住む人たちも大きな不安を抱いている。そう考え、食品の安全性について考えるサイエンスカフェを開催することにした。協力を得られそうな専門家にもコンタクトをとった。だが、引き受けてもらえなかった。
そこで代替案として考えたのが、ニュースに氾濫する馴染みのない用語について解説した冊子を、電子書籍として制作することである。4月13日のスタッフ会議で提案し、「意見の割れている点について、どう取り扱うのか」などいくつか課題も指摘されたが、最終的に了承された。
新聞などで報道されているニュース記事を読み解いていく、と同時に基本的な概念を順に(=体系的に)学ぶことができる、というスタイルを目指した。
本文を書くための情報収集には苦労した。とくに、食品の規制値は関係省庁のウエブサイトなどに公開されているのだが、その規制値をどのような考え方で(どのような前提をおいて)定めたのかについて、情報が見あたらないのだ。そうしたなかで参考になったのは、「チーム中川」がTwitter等で発信する情報だった。彼らは、間違いを犯したときに(他の専門家などから誤りを指摘されたときに)訂正するのはもちろん、その訂正のプロセス等も残していてくれたので、理解を深めるのにとても有益だった。
こうした経験をしたので、我々の電子書籍でも、読者からの指摘を積極的に受けいれて改訂を重ね、かつ、改訂の記録をきちんと残していくことにした。読者が声を上げやすいよう、電子書籍の各頁(の特定の箇所)にTwitterやFacebookでコメントを書き込めるようにし、使い方を説明したビデオも用意した(電子書籍のii頁にリンクがある)。
図の作成は長濱 祐美さんに奮闘してもらった。読みやすい表現に整えるべく、最終段階で古田ゆかりさんに添削してもらった。こうして公開したのが4月18日ⅹⅹⅴ。スタッフ会議で了承をもらってから間がないので、しばらく前から原稿を書き始めていたのだったかもしれない。それにしても、15日に「18日公開」とプレスリリースした後もまだまだ推敲が必要というドタバタだった。
反響は大きかった。とくに共同通信が取材してくれたおかげで、全国の多くの地方紙に掲載された。また、電子書籍だからということもあったのだろう、Yahoo Newsなどインターネット上のニュースサイトが独自記事として掲載してくれた。PDFでダウンロードできるようにしておいたので、学校で生徒たちに配ってくれたところも多かったようだ。生徒たちの読後感を送ってくれる先生もいた。
5月4日には毎日新聞が「東日本大震災:福島第1原発事故/放射線、健康への影響は/正しく知って行動しよう」という特集記事を掲載した。そして「もっと知りたい人は」のコーナーで、6つの情報源の1つとして我々の電子書籍を紹介してくれた。これで電子書籍へのアクセス数が急増か、と期待したのだが実際はほとんど増えなかった。新聞読者層と電子書籍に関心をもつ層とは別なのだろうか、今もって不思議である。