Articles

ぼくは恐竜探検家!

2019.9.3

著者:小林 快次
出版社:講談社
刊行年月日:2018年7月30日
定価:1,200円(税別)


軽やかな文章から読み解く、恐竜学者の真髄

2019年4月。北海道むかわ町穂別で発掘された恐竜化石、むかわ竜の全身骨格復元模型が完成した。現地で行われた会見には、大勢の記者が詰めかけた。私自身も、発掘者である小林 快次 教授が所属する北海道大学の職員として、会見を取材していた。「すごいですね、先生」。記者がはけたタイミングで、小林教授に話しかける。しかし、「もう終わった研究だからね」とそっけない。会場の熱気とは対照的に、当人はどこか冷めているようにも見えた。不思議そうにする私に、彼はいたずらっぽくこう続けた。「僕は今やっている別の研究に興味があるんだ」

小林 快次―彼は、世界を代表する恐竜学者だ。モンゴル、アラスカ、カナダを中心に発掘を続けており、最近では前述の日本最大の全身骨格、むかわ竜の発掘を指揮した。その他にも、50年近く謎の恐竜と言われていたデイノケイルスの全貌を明らかにするなど、数々の研究成果を発表している。本書には、彼が恐竜学者になるまでの道のり、そして研究者としてのマインドや発掘の様子が綴られている。

『ぼくは恐竜探検家!』というタイトル通り、彼は探検家さながら発掘に挑む。「人と同じところを探さない、同じ場所を通らない」をモットーに、あえて険しい道を進み、調査の行きと帰りでは必ず違うルートを選ぶ。恐竜学者の仲間から「ウォークマン(よく歩く人)」と呼ばれるほどだ。

しかし、本書に描かれているむかわ竜やデイノケイルスの「発見」の経緯を仔細に読みとると、彼の秘訣は、単に文字通り「よく歩く」だけではないとわかる。

北海道には、化石が産出される可能性の高い地層が豊富にある。小林教授ひとりの力で恐竜化石を探し出すのは至難の業だ。そこで時間を見つけては、アマチュアの化石愛好家と連携している博物館を挨拶に回ったという。道内にはたくさんの化石愛好家が存在し、掘り出した化石は近くの博物館に寄贈されることも珍しくないのだ。そのかいあってか巡りめぐって、むかわ竜の化石の調査依頼が彼へと舞い込んだ。広大な研究フィールドから大発見につながる希少な恐竜化石を見つけるためには、人との関係づくりが欠かせない。そのために自らの足で現地に出向く彼の姿は、また違った意味でのウォークマンといえよう。

デイノケイルスの例でも、やはり違うウォークマン像を垣間見ることができる。1965年、2.4mもの巨大な恐竜の両腕がゴビ砂漠で発見された。その恐竜はデイノケイルスと名付けられ、世界中の研究者が残りの化石を見つけ出そうとしたが、約50年もの間、それは叶わなかった。2001年、小林教授は初めてデイノケイルスの両腕の実物化石を目にした。その瞬間、デイノケイルスがオルニトミモサウルスの仲間であると確信したという。世界中のオルニトミモサウルス類の化石を見てきた彼ならではの気づきだった。当時、デイノケイルスは、テリジノサウルスに近縁だとか、スピノサウルスの仲間ではないかといった説がささやかれていたのだ。その後、彼は約50年前のデイノケイルスの堀り残しと、さらにもう1体の化石を見つけることに成功する。彼は、決して闇雲に歩き回っているのではない。仮説という確かな指針こそが、彼をウォークマンたらしめるのだ。

小林教授の関わった研究や、彼自身について書かれた書籍は数多ある。それらをざっくりと網羅し、簡潔に纏められている本書は、まだそうした「小林本」に触れたことのない人に読んで欲しい。漢字にルビがふってあるため、恐竜好きな少年少女にもお勧めできる。本書で概要を把握した後、関連図書を読み、彼の恐竜研究への理解をさらに深めてみてはどうだろう。実際私も本書を軸に様々な本を読んだ。むかわ竜発掘に繋がった博物館への挨拶回りのエピソードは『ザ・パーフェクト』に描かれており、ウォークマン像をより立体的に読み取ることができた。

むかわ竜の復元骨格お披露目から3か月。私はまたしてもむかわ町にいた。「むかわ竜が新種である可能性が濃厚になった」と小林教授が前回よりも大勢の記者に囲まれながら語っている。しかし、本心の彼は「今やっている別の研究に興味がある」のだ。小林教授は、すでに次の研究に向かって歩き出している。彼がまた私たちを驚かせる日はそう遠くなさそうだ。


関連図書

  • 『ザ・パーフェクト―日本初の恐竜全身骨格発掘記 ハドロサウルス発見から進化の謎まで』土屋健 著、小林 快次 他監修(誠文堂新光社 2016)

むかわ竜の発掘を、関わった複数名からの視点で描く。小林教授の人脈をつくるウォークマン像を垣間見ることができる。

  • 『恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ』小林 快次(新潮社 2019)

小林教授の研究フィールドでの日常を、本人の言葉で臨場感たっぷりに綴る。巨大なグリズリーに遭遇したり、化石が盗掘された現場を目の当たりにしたり、まるで映画のワンシーンのようなエピソードが詰まっている。デノケイルス発掘の様子も、より詳細に描かれていて面白い。

  • 『大人のための「恐竜学」』土屋 健 著、小林 快次 監修(祥伝社 2013)

ウェブ上で募集した質問に、恐竜を中心とした古生物に関する著書を多数執筆している土屋氏が答えていく。恐竜学の基本から各国の最新研究までわかりやすく説明されており、入門書としてお勧め。


菊池 優(CoSTEP15期本科ライティング・編集実習)