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「実践入門」(6/26)奥本素子先生 講義レポート

2021.7.9

大竹 駿佑(2021年度本科/学生)

これまでの全5回に亘るモジュール1の講義で、私たちは科学技術コミュニケーションの概念・理論・歴史的背景、そして現代社会の中での課題について学びました。奥本先生から始まったモジュール2では本講義を含めた5回の講義で、研修科・本科・選科がこれから各々のプロジェクトを運営していくにあたり、どのような伝え方で発信するのか、どのような発信手法があるのかについて学んでいくことになります。

第一回目となる本講義では、これまでCoSTEPが実施した科学技術コミュニケーションの先行事例を通じて今後の活動にあたってどのようなことを考えて取り組むべきか、そのヒントとなるモノを学びました。

「実践」とは何なのか

科学者と市民・社会とのすれ違いは、原発事故や昨今の新型コロナでよく知られるようになった問題です。これらは、科学者だけでなく市民や行政も何らかの信念や論理に基づいて行動していることに起因しています。こういった軋轢を回避する「実践」というのは、発信のニュアンスであることを学びました。とは言え、現在用いられている発信のニュアンスも今後の社会では問題となり場合によっては炎上等にもつながる可能性はゼロではないことを考えると、実践を企画するにあたって様々な面から考慮する必要があります。つまり、発信したい「中身(情報)」と届けるための「器(ニュアンス)」、届けたい「相手」の3つの要素間のバランスを見計らうことが肝要となります。

情報・ニュアンス・相手のバランスと科学技術コミュニケーション

上述の3つのバランスを慎重に見計らいながら実践することが大事ですが、単に全てマッチしていれば良い実践とは言えません。例えば、「SFアニメ」と「核融合反応」を「理系男子」に伝える場合、ファンなどの非常にニッチな相手にしか伝えられません。

更に、バランスが極端に崩れている場合も効果が期待できない場合が多いと考えられます。例えば、何らかのメカニズムを伝えたい場合、ただそのメカニズムのみを伝えても単なるエンターテインメントとしてしか捉えられない場合も多いので、行動変容などに反映させたいのであれば「なぜ伝えたいのか」を忘れてはならないことも実践において留意すべき点といえます。

実践の事例

では、この情報・ニュアンス・相手のバランスを考えたうえで、これまでCoSTEPではどのように発信したのでしょうか。今回の講義ではCoSTEPの講師陣の解説も交え、実践例を紹介していただきました。今回は幾つか抜粋してご紹介したいと思います。

①情報にあったニュアンスを用いる実践例 ―「記憶の部屋」―
「記憶の部屋」とは、川本心思先生が実施した実際の北大に携わる研究者の研究室をVRとしてネット上で公開しているものです。これまで、多くの研究者に取材等を行ってきた川本先生曰く「人を紹介すると、科学が『人』として紹介されてしまう側面があるが、部屋やその中にある物を通して発信することも面白い」とのことです。ただ、情報技術を用いた技法は操作することのみに楽しみを覚える「新奇性効果」で完結しないようにコンテンツを工夫していく必要もあります。

②ニュアンスから情報を考える実践例 ―討論劇―
種村剛先生が主導となって行っているこの討論劇は、演劇を通じて先端的な科学技術と社会実装の問題について様々なトピックを取り上げていくものです。この演劇という発信技法には終わった後の感想を語り合うなどの「対話を生み出す1つの道具になる」と種村先生は言います。
この事例は非常に効果の高い技法ではありますが、この「器」のみにとらわれると場合によっては目的を見失い、科学技術コミュニケーションとしての適切なものか見誤る懸念もあります。

③相手に合わせたニュアンスを用いる実践例 ―子供向けサイエンス・カフェ―
CoSTEPでは、小学生などの子供向けのサイエンス・カフェも開催してきました。この構図は、科学系の博物館でも行われている手法です。しかし、特に小学生は児童からティーンエイジャーまで幅広い年代であるため、科学系のイベント等を行う際は対象にしたい年齢・学年も考慮したうえで開催することが望ましいとのことです。講義では、最近人気となっているマンガ作品を事例とし、どのように科学に絡めていくか梶井先生の見解も含めご紹介して頂きました。こうした子供の人気や流行に敏感になることも、年齢層に合わせたイベントを発案する上でポイントであることも学びました。

④汎用性の高いニュアンスを生み出す実践例 ―サイエンス・カフェ札幌―
CoSTEPが毎年実施しているこのイベントも、サイエンスコミュニケーションにおいて非常に有用な事例です。年齢層や専門がバラバラでも楽しめる特徴があり、去年からのオンライン化によってより多様な方が訪れやすいサイエンス・カフェの入り口となるモノであることとして確立しています。本講義では、2014年のサイエンス・カフェで福島県に訪れた際に映像撮影やインタビューを実施し、これを発信した事例を当時の受講生だった池田先生の解説も交えて紹介していただきました。この映像で対話式のサイエンス・カフェを実施し更にその後のフィードバックも福島の方々に発信することも行い、双方向コミュニケーションの複雑さに目を向ける重要性を学びました。こうした器から作るコミュニケーションには、CoSTEPが運営しているウェブサイト「いいね!Hokudai」にも該当するといえます。

先行事例の重要性

とはいえ、全てをオリジナルで行うことは非常に困難です。そこで、既出のイベント・取り組みを踏まえた上で発信のニュアンスを変えて発信することも有効な手段です。実践を企画する上で、先行事例というのは企画を具体化する要素でもあり、企画する場合も他の機関・窓口に企画書等を具体化させ、イベントを実施する際に潤滑に運営まで運ぶ際に大事な要素でもあります。

記録を残す役割

実践はその場で行うまでが終わらず、写真や映像でイベント時の記録を残しアーカイブ化することも重要なメゾットです。記録を通じその場の雰囲気や空気感を残すと共に、企画当初と実践後の目的がどれほど反映できていたのかを振り返る指標となります。また、映像であればBGM等を付けることで印象深いものとして発信できます。また、写真として残すことで、イベントに参加していない人々にも広く周知してもらえる場合もあります。社会全体にコミュニケーションとして比較的小規模なものをマスコミュニケーションとして昇華させ、いつか多くの人に影響を与えられるような取り組みにするために、記録を残し発信していくことも欠かせない取り組みであることも学びました。

最後に

今後の発信の基盤となる内容で、とても参考になる内容ばかりでした。また、各々が所属している実習以外の取り組みにも目を向けることで発見に繋げられることも必要だということも実感できました。これからの活動を通じ、私も未来に繋げられる科学技術コミュニケーションの実践のために努力したいと強く思いました。

奥本先生、本当にありがとうございました。