松永博充(2025年度 選科A受講生)
モジュール6-4の講義では「STI政策の中の科学技術コミュニケーション、STI政策への科学技術コミュニケーション」と題し、菊地 乃依瑠先生(国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)に講義をいただきました。

本講義は、科学技術・イノベーション(STI)政策の制度構造(基本法・基本計画・統合戦略・各省施策)を俯瞰し、科学技術コミュニケーションが「政策を支える社会との関係構築」と「政策形成に研究知を接続する営み(EBPM/Use of Research Evidence)」の両面を持つことを整理した。
さらに、日本の科学への信頼の測定と国際比較、諸外国のエコシステムの違い、政策実装を阻む構造要因を踏まえ、科学技術コミュニケーションを「説明」から「翻訳・媒介・制度設計」へ拡張して捉える視点を得た。
1.講義内容の主なポイント
(1)科学コミュニケーションの現状と課題
科学リテラシー、科学観、科学への信頼に関する調査では、日本は科学への信頼が国際比較で低く計測されやすい一方、科学的知見に対して相対的に従順な行動が見られるという「奇妙な信頼」のねじれが提示された。例として、COVID-19ワクチンの信頼はG7で最低水準だったが、結果として高い接種率を達成した点が挙げられ、単純な理解不足では説明しにくい課題として整理された。
(2)(S T I)政策への科学コミュニケーション
EBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)は「経験や勘ではなく研究・データに基づく政策決定」という理念だが、実際の政策過程は価値・利害が競合する政治的システムで、時間制約と限定合理性の下、感情や単純化された物語にも左右されるとされた。講義では事後評価報告書の分析を踏まえ、実装を阻む構造要因として、政策文脈との不適合、連携の脆弱性、実装戦略・制度的基盤の欠如、政策オプションへの転換失敗(知識の翻訳失敗)の4つの主要な阻害要因が示された。
(3)メタサイエンス
メタサイエンスは、科学のよりよい営みを⽬指す「研究」や「実践」として、科学史・科学哲学、イノベーション研究、S T S等を包含しうる概念として整理された。近年の運動は、科学の営みの理解と改善を目指す研究と実践で、背景にはオープンサイエンス、学術情報のビッグデータ化、再現性の危機がある。問題領域として再現性、学術出版、研究評価、多様性・包摂性、AIと科学などが例示された。

2.講義を終えての私自身の気づき
私はこれまで、科学技術コミュニケーションを「市民の不安に丁寧に向き合い、技術を伝える/聞くことで合意形成を支える」として主に捉えていた。しかし講義を通じて、STI政策の実装現場では、そもそも政策が多層の制度と人のネットワークで動き、研究知は自動的に政策へ移植されないという前提を、より強く自覚した。重要なのは、正しい情報を増やすことより、研究成果が「いつ・誰の意思決定に・どの形で」接続されると政策オプションになり得るかを逆算し、翻訳と媒介の設計を行うことである。
特に刺さったのは、政策文脈との非同期と、人事異動などにより関係が断絶しやすい制度環境である。研究側が丁寧に成果を積み上げても、政策形成の機会(政策の窓)が合わなければ「無関係化」しうる。ここで必要なのは、単発の広報ではなく、政策の窓に対しての継続的な活動を行い、成果を様々な媒体で提示できる能力、そして担当者交代を意識した仕組みだと理解した。
また、連携の脆弱性や翻訳失敗が高頻度で現れるという整理は、私自身の今後の実務(行政データ連携/データスペース等の実装)にも直結する。市民参加を設計しても、制度的論理の衝突を扱うファシリテーションや、共通言語の整備、合意形成に要するプロセスコストの見積もりが欠けると、共創は理想ではなく摩擦の増幅装置になり得る。したがって私は、①政策側の意思決定に必要な形式(ガイドライン案、予算要求の論点、制度改正オプション等)への変換、②媒介者としての関係構築、③エビデンスの品質管理と限界の明示、を政策への科学コミュニケーションを扱う「科学技術コミュニケーターの中核スキル」として位置づけ直したい。

3.おわりに
本講義は、科学技術コミュニケーションを「社会の理解と信頼を得るための活動」にとどめず、「研究知を政策に実装するための翻訳・媒介・制度設計」として捉え直す機会となった。
今後は、実装を阻む4つの主要な阻害要因をチェックリストとして用い、政策の窓と組織の継続性を意識しながら、研究成果を政策オプションへ転換できるように目指したい。
