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【2021年度CoSTEP修了式】これからの札幌市民とヒグマ野生動物管理におけるミニパブリックス実践

2022.3.12

札幌市では近年、住宅地をはじめとする人の生活圏へのヒグマ出没が問題となっており、それに対する市民の当事者意識は多様である。現在札幌市では、ヒグマの保護管理方針の示す「さっぽろヒグマ基本計画」の改定に向けた議論が、行政と専門家の間で始まっているが、これからの人とヒグマのより良いあり方を模索するためには、札幌市民のヒグマに対する多様な価値観を明らかにする必要があるだろう。そこで筆者らは、一般から無作為抽出された市民が社会問題について熟考し議論する「ミニ・パブリックス」の手法を用いて、市民・行政・専門家と異なる立場の人々が、札幌市におけるヒグマ保護管理方針について話し合う市民会議を、CoSTEP研修科のプロジェクトとして開催した。

遠藤優(2021年度 研修科)

●人の生活圏へのヒグマの出没

札幌市では2000年代初頭から、市街地へのヒグマ出没が問題となっている。特に2021年6月18日早朝、東区の住宅街にヒグマが出没し、20年ぶりに札幌市におけるヒグマによる人身事故が起こってしまったことは、道内外関わらず、多くの人々に衝撃を与えた。

近年札幌市だけでなく、全国各地で市街地へのクマ出没が報告されている。普段は市街地周辺の森林に恒常的に生息し、度々人の生活圏へ姿を現すヒグマは「アーバン・ベア」(Sato et al. 2017)と呼ばれ、彼らとどのように共存していくべきか、課題となっている。

●従来の取り組みの限界と市民の多様な価値観

こうしたヒグマの市街地出没に対し、札幌市では行政や専門家が中心となって様々な取り組みが行われてきた。それらをターゲットとなる市民をもとに分類すると、次の2種類に大別される(図1)。一つは「ヒグマと接触する可能性の高い市民」に向けた取り組みで、具体的には家庭菜園用電気柵の貸し出し、放棄果樹の伐採・除去、出前講座などが挙げられる。もう一つがヒグマと接触する可能性の大小に関わらず「市民全体」に向けた取り組みで、具体的にはヒグマに関する勉強会やフォーラム、イベント等でのパンフレット配布などが挙げられる。

 

図1. 札幌市における、ヒグマに関する取り組みと実際に関与する・参加する市民の関係

 

これら2種類の取り組みは、ヒグマについてある程度関心や知識を持ち合わせていないと、関わる機会を逃しやすい、実際に行動に移し参加する意欲が湧きにくいという特徴がある。特にヒグマと接触する可能性が低い市民は、ヒグマと実際に接することで関心を持つという状況になりにくく、加えて森林と縁のない市街地の中で生活が完結できる札幌市の構造を考えると、ヒグマの出没に対し当事者意識を抱きにくいと推測される。実際過去の世論調査では、行政側の対策の継続を望む声は98%であった一方,約40%の人が具体的にどういった対策が実施されているのか認識していなかった(特定非営利活動法人EnVision環境保全事務所 2012)。

一方で、ヒグマの出没が起こるたびに、その対応の是非をめぐって市民の間では様々な意見が交わされる。先に述べた東区の住宅街への出没も、出没個体の捕獲という対応に関して札幌市には様々な意見が寄せられ、札幌市民からも賛否どちらの意見も寄せられた(札幌市 未公表)。そのためヒグマ出没の問題に対し、強い思いや考えがある市民も一定数いると考えられる。

以上のことをまとめると、これまでの取り組みでは関心の低い市民にヒグマ出没に対する当事者意識を促すことが難しく、ヒグマ出没の問題に対し、札幌市民の中で多様な価値観や考えが形成されていると考えられる。札幌市におけるヒグマ出没や市民とヒグマのより良いあり方を模索し、解決を図るに当たって、この多様な価値観は無視できないだろう。

●ミニ・パブリックスとは

近年、多様な価値観や考えが対立する社会問題に関する政策について、一般市民が議論を通して熟考した上で評価し、評価結果を政府や自治体の政策に活用する取り組みが様々な分野で行われている。特に実際の市民社会を反映するように年齢や性別を考慮した上で一般市民を無作為に抽出し、社会の縮図となるように参加者を集め、政策に対して熟考、議論してもらうことで、その結果を政策決定に用いる「ミニ・パブリックス」という手法は、日本でも2000年代から全国各地、様々な社会問題で用いられてきた。札幌市でも、これまで気候変動対策に関する議論を行った「気候市民会議」(気候市民会議さっぽろ2020実行委員会 2021)や、除雪や排雪に関する討論型世論調査「雪とわたしたちのくらし」(札幌市・慶應義塾大学DP研究センター 2014)などが開催されている。

ミニ・パブリックスのメリットとして、「参加後も問題に対する熟考を促す」、「話し合いを通し参加者に意見の変容を促す」、「政策に市民の意向を取り入れられる」といったことがあげられる。これらのメリットは、それぞれ札幌市のヒグマ出没に対する課題である、「当事者意識の向上」、「多様な価値観への気づき」、「市民の考えを考慮した政策決定」に有効であると考えられる。

現在札幌市では、市内におけるヒグマ対策の指針を示した「さっぽろヒグマ基本計画」について、2023年度の施行を目指して改定作業が進められている。そこで本プロジェクトでは、この改定を視野に入れて、ミニ・パブリックスを実施することにより、札幌市民のヒグマに対する意識・考えを明らかにすることを試みた。またヒグマ対策の検証への参加が、人とヒグマの軋轢問題を自身と関係のある問題として捉え、多様な価値観があることに気づく効果を果たすか評価することを目指した。

●論点の整理

ミニ・パブリックスで話し合う内容は、実際に改定作業の過程で取り上げられている協議事項とある程度合致している方が、政策決定に活用されやすいと考えられる。そこでまず、2021年8月時点で、さっぽろヒグマ基本計画改定検討委員会で挙げられていた協議事項(札幌市 2022年3月9日確認)を参照した。協議事項は大きく出没対応、市街地侵入抑制策、普及啓発の3つに分類されていた(表1)。これらの協議事項のうち、さっぽろヒグマ基本計画改定検討委員会の関係者へのヒアリングも踏まえ、今回は大きく2つの論点を設定することにした。

 

表_協議事項一覧
表1. 「さっぽろヒグマ基本計画」改定案の協議事項

 

一つ目は、「出没対応」の「基本行動マニュアルの見直し」である。札幌市では、出没したヒグマへの対応を、個体が出没した場所と出没した個体の状態(逃げようとする、人を攻撃するなど)の2点に基づいて決定する「ゾーニング」という考えを導入しており(参考:図3)、今回の改定でその基準を大幅に見直すことが検討されている。先に述べたように出没したヒグマをめぐる対応は、市民によって様々な意見が聞かれる点であるため、今回の改定で行政にとっても市民にとっても非常に重要な論点であると考えられる。

もう一つが「市街地侵入抑制策」である。札幌市では、ヒグマが市街地に出没するのを防ぐため、生ごみ等の管理、放棄果樹の伐採、草刈り、電気柵の設置の主に4つの対策を行なっている。これらは市民だけでも実践しやすいものから、個人での実施が難しいものまで多岐にわたるため、誰が主体となり、どのくらいの規模で行うのか、市民によって様々な意見が出ると予想される。また、こうした対策は行政だけで行うことは難しく、対策によっては市民の協力が必要不可欠である。そのため、一つ目の論点と同じくらい市民にとって重要な論点であると考えられる。

●開催概要と当日の様子

2021年12月下旬から2022年1月中旬にかけて参加者の応募を行い、札幌市に在住の方71名から応募をいただけた。今回は民間のマーケティング会社に委託し参加者の募集を行ったが、ヒグマに関する情報をテレビ等でみたことがない、話も聞いたことがないという方が10%近く占めるなど、ヒグマの出没に対し特別関心を持っていなかった市民の方からも応募いただけた。この中から性別・年齢・居住エリアに偏りが出ないように参加者12名を抽出した。また今回は抽出した市民の考えと実際の市民の考えに乖離がないか確認するために、過去の世論調査で使用された質問と同じ問いを用意し、回答内訳に大きな違いがないか確かめた。

市民会議は2月11日(金・祝)の9時から15時にかけて行った。最初の30分でアイスブレイクを行ったあと、2つの論点について、20分の情報提供、60分間のグループ討論、20分間の意見共有と行政及び専門家からのコメントという構成で進行した(図2)。今回は行政を代表して、濵田敏裕・札幌市環境局環境共生担当課長、専門家を代表して酪農学園大学の佐藤喜和教授、EnVision環境保全事務所の早稲田宏一研究員にご出席いただいた。

 

図2. 市民会議の構成
最初、全体の場で論点に関する情報提供があった後、3人ずつのグループに分かれて論点について話し合い、その後出てきた意見を全体の場で共有し、情報提供者の方からコメントをいただくという流れで進行した。各グループにはファシリテーターがついて話し合いを進めた。

 

最初の論点は、「出没したヒグマ」と題し、出没したヒグマを捕獲せざる得ない現状と過剰に捕獲することによる懸念点を共有したあと、今回の改定案で実際に公表されているゾーニングの表(図3)を提示し、それぞれの出没場所と個体の状態において、確実に捕獲する場合は赤、可能な限り捕獲する場合は黄色、捕獲しない場合は青色の付箋を参加者に貼っていただいた。討論で実際に使用した図を掲載するので、読者の皆さまにも一旦読むのを中断し、考えていただけると幸いである。

 

図3. 論点1の表
札幌市におけるヒグマ出没について、あなたはどのように考えますか?それぞれの段階について、「確実に捕獲」であればピンク・「可能な限り捕獲」であれば黄色・「捕獲しない」であれば水色で表してみてください。

 

二つ目の論点は、「市民とヒグマの未来」と題し、札幌市で現在行われている4つの市街地出没抑制対策について、それぞれの現状と課題、費用対効果について共有したあと、「誰が」、「どのくらい行うか」、「自身との関わり」の3点を考えていただいた(図4)。

 

図4. 論点2の表
現在札幌市で行われているヒグマ出没に対し、誰が、どのくらい行うべきか、自身はどのように関わるのかを考え、議論していただいた。あなたはどのように考えますか?

 

●グループ討論の結果

それではグループ討論の結果について示していく。まず一つ目の論点「出没したヒグマ」については、4つのグループで図5のような結果が得られた。また参考までに改定前のゾーニング、改定案のゾーニングも併せて示す。

 

図5. 論点1
左上が改訂前(現行)のゾーニング・右上が改訂案で提案されているゾーニング・それ以外がグループ討論の結果である。ピンクが「確実に捕獲」・黄色が「可能な限り捕獲」・水色が「捕獲しない」を表す。市街地郊外をはじめとする言葉の定義は、第一回改定委員会の資料の表現に沿うようにした。

 

この結果から、グループによって考えに大きな違いがあることがわかる。例えばグループ2では森林にいるヒグマ以外は確実に捕獲すべきという意見が優勢な一方、グループ3では人の生活圏に出没したヒグマでも捕獲はしないという意見が多かった。そのため、意見を積極的に発言する参加者の考えに影響された可能性がある。その一方で話し合いによって自身の考えに変化が生じたという参加者も確認された。

次に二つ目の論点「市民とヒグマの未来」については、図6のような結果となった。

 

図6. 論点2
グループごとの討論の結果を示す。

 

全体として、生ゴミの管理といった自身でできそうなことは住民中心という意見が上がったが、草刈りなど市民だけでは実行が難しい対策になるほど行政・ボランティアが中心という意見が多かった。また自身との関わりとしては、対策について知る、対策に対し金銭的援助を行うといった意見が多かった。

●事後アンケートの結果

市民会議終了後、参加者にアンケートを実施した。会の前後で考えが変わった部分と運営に関する要望の2点から、今回の市民会議の効果と今後の課題を見出すことができた。

まず考えが変わった部分として、ヒグマの出没に対する問題意識と問題に対する多面的な見方・考え方の向上が確認できた。「何も興味が無かったが、これをきっかけにボランティア等に参加していきたい」という感想や「何か一つ最善策があるわけではなく、いろいろな組み合わせを継続的に行っていく必要がある」という考えを聞くことができた。

一方運営に関する要望としては、「もう少し今行われているくまの対策や実態などを詳しく知りたかった」というようにより多くの情報提供を望む声や、「他のグループの意見なども聞いてみたかった」というように、同じグループの参加者だけでなく他のグループの参加者の意見も深く聞いてみたいという声があった。

●今後の展開

以上のようにいくつかの課題は残されたものの、札幌市におけるヒグマ政策の改定に際し、ヒグマに対する市民の率直な思いや考えを明らかにすることができた。また、ミニ・パブリックスが市民のヒグマ出没に対する当事者意識の向上に貢献できたと考えられる。今後は今回の実践を報告書や論文にまとめることで、参加者のヒグマに対する思いや考えの背景を明らかにするとともに、野生動物管理におけるミニ・パブリックスの効果について評価していきたい。

野生動物管理におけるミニ・パブリックスは前例がなく、本プロジェクトで初めて実践された。そのため、本市民会議は開催して終わりではなく、開催によって実際の対策にどのような効果をもたらしたのか、人とクマの問題に対する市民の思い・考えにどのような影響を与えたのかといった開催後の変化も非常に重要であると考えている。本市民会議に関するご意見・ご感想は、是非以下のボタンよりGoogleスプレットシートにご記入いただければ幸いである。

 

ご意見・ご感想はこちらからお願いします

 

最後に、本会議の開催にあたって札幌市におけるヒグマ対策の現状や課題について情報提供いただき、市民会議の開催にご協力いただきました札幌市環境局の皆さま、本会議の内容監修および市民会議の情報提供者としてヒグマ対策について解説いただきました酪農学園大学 佐藤喜和先生・EnVision環境保全事務所 早稲田宏一さま、会議当日に運営をしてくださったファシリテーター・記録係の皆さま、市民会議参加者の皆さま、応募者の皆さま、本会議の構成を設計する上でお話を伺わせていただいた皆さま、本市民会議の設計・構成についてご助言いただきました北海道大学科学技術コミュニケーション研究室 三上直之先生・北海道大学CoSTEP 池田貴子先生に厚く御礼申し上げます。


 

参考文献
気候市民会議さっぽろ2020実行委員会. (2021). 気候市民会議さっぽろ2020 最終報告書.
札幌市. (仮称)第2次さっぽろヒグマ基本計画策定にあたり協議すべき事項一覧. https://www.city.sapporo.jp/kurashi/animal/choju/kuma/housin/documents/dai1kai_siryou4.pdf 2022年3月9日確認.
札幌市・慶應義塾大学DP研究センター. (2014). 討論型世論調査「雪とわたしたちのくらし」調査報告書.
Sato, Y. (2017). The future of urban brown bear management in Sapporo, Hokkaido, Japan: a review. Mammal study, 42(1), 17-30.
特定非営利活動法人EnVision環境保全事務所. (2012). エゾシカおよびヒグマに関する市民意識アンケート調査. 平成23年度緊急雇用創出推進事業補助金交付要綱に基づく野生動物の市街地侵入防止策と出没対応モデル実施事業報告書. pp.4-1–4-5.