Articles

125サイエンスカフェ札幌「時をかけるゲノム膨大な遺伝情報からたどるヤポネシア人の起源~」を開催しました

2022.10.3

2022年9月18日(日)、第125回サイエンス・カフェ札幌「時をかけるゲノム~膨大な遺伝情報からたどるヤポネシア人の起源~」を紀伊國屋書店札幌本店にて開催しました。ゲストの長田直樹さん(北海道大学 情報科学研究院 准教授)は、「ヤポネシアゲノム」と名づけられた文部科学省の新学術領域研究に参加し、ヤポネシア人(日本列島人)の起源と成立を、現代人と古代人のゲノム配列の比較解析から解明する研究に携わる研究者です。聞き手は高塚慧さん(CoSTEP 第18期 対話の場創造実習受講生)が務めました。

住友裕一(2022年度 本科/社会人)

(1975年に北海道帯広市で生まれた長田直樹さんは、2019年より北海道大学で分子生物学実験、集団遺伝学、バイオインフォマティクスなどの方法を用いて進化の問題に挑んでいます。趣味は研究に没頭すること、子どもと楽しむフォートナイトが研究の息ぬき)

スライドによる説明や途中にクイズを挟みながら、29名の参加者とともにゲノムからわかる人類進化の歴史について語り合いました。

(今回のサイエンス・カフェはほぼ満員。幅広い年齢層の方々にご参加いただきました)
遺伝子、ゲノムとは?

ヒトの細胞の中にはゲノムDNAがあるという長田さんの説明から、今回のサイエンス・カフェが始まりました。DNAは右回り?長田さんの指示で会場全体が手のひらを右回ししてみます。あれ、相手から見ると左回りに見える。DNAが右回りと判断するのは難しそうですね。右回りはドライバーでねじを回す方向です。

(長田さんのかけ声で会場全体が手のひらを右回ししている様子)
ヒトゲノムは約31億塩基対の情報

ヒトゲノムは約31億塩基対の情報でできています。31億塩基対とはどのくらいの情報なんだろう?実は、1冊300万文字の百科事典1000冊分になります。ゲノムDNAは細胞分裂の時にまとまって染色体となります。ヒトの染色体は46本。そのうち2本は性染色体で男はXY、女はXXをもつことは聞いたことがあるのではないでしょうか。

(ヒトゲノムについて熱く語る長田さん。指をさしているのは性染色体)

細胞の核の中に染色体があります。染色体がほどけるとDNAとなり、DNAの塩基情報をRNAが写し取ります。写し取られたRNAの塩基配列からアミノ酸の配列が決まってタンパク質が作られます。タンパク質は酵素としてはたらくものやコラーゲンのようにからだをつくるものになります。このDNAからタンパク質がつくられる流れをセントラルドグマと呼ぶことは高校で勉強したかもしれませんね。

(セントラルドグマについて語る長田さん)

ゲノムが人や動物の体をつくるための情報であることがわかりました。ここで高塚さんから会場のみなさんにクイズがありました。「三つのゲノムの違いは、それぞれ、約何パーセントでしょう?」ヒトとチンパンジー、ヒト同士、日本人同士のそれぞれでゲノムが異なる割合を考えました。

(クイズを出す高塚さん。進行にも慣れてきた感じがします)
(果たして答えは)

「みなさんの隣にいる人との遺伝的な違いは0.1%しかありません!0.1%ってどれくらいでしょう?」
赤いテープがゲノムの長さとすると、10mのうち青い部分の1cmが0.1%です。

(実際にひもで表すと0.1%はとても短いことがわかります。0.1%の大きな文字が印象に残ります)
ゲノムから歴史を読む

ここでも高塚さんから会場のみなさんにクイズがありました。「ヒトゲノムを調べるためにはどのくらいの金額がかかるのだろう? 」会場からは1億円という回答もありました。果たして答えは?
「現在は10万円ほどでできるといわれています。さらに技術が進むともっと安くなるかもしれません。」

(シークエンサーの原理について説明する長田さん、色を読むことで塩基配列がわかります)
人類とは何か

ついに!タイトルにもありました、「ヤポネシア人」の秘密に迫っていきます。そもそも人類とはなんなのでしょう?高塚さんから「みなさん、人類の一般的な科学的定義として最も適当なものは何でしょうか?」というクイズが出されました。

(答えは②の立って歩くです)

ヤポネシアとは、ラテン語で「ヤポ」は日本を、「ネシア」は島々を意味します。つまり、「ヤポネシア人」とは、日本列島人ということなのですね。そしてこれは、作家の島尾敏雄さんが、1960 年代に提唱た言葉です。

ヒト移住の歴史

ヒトの祖先はアフリカから出て全世界へ広がっていったと考えられています。時代をおいて三度、規模の大きなアフリカからの旅立ちがあったことは人類学的に推測されていましたが、近年、DNAの解析技術の進歩により、詳細な旅の軌跡が描けるようになりました。。

(ヒトは陸地だけでなく海を越えて移動して広がっていることがわかります)

ヒトは東アジアのいくつかのルートを経て、ヤポネシア(古代日本)にいたります。長田さんから話される、ゲノム解析でわかってきたヒトの移動や集団同士での血縁の強弱に、会場全体が息をのみます。

休憩

長田さんのスライドによる説明の後、約10分間の休憩を取りました。参加者は各自で説明の内容を振り返り付箋に質問を書いていきます。たくさんの質問でボードが埋め尽くされました。

(休憩中に、どの質問に答えるか相談している様子)
質問タイム

「双子ではDNAは同じなんですか?」という身近に感じる質問など、参加者からはさまざまな質問が寄せられました。長田さんは短い時間の中でたくさんの質問に答えていきます。当日答えきれなかった質問については、カフェ後に長田さんが回答してくださいました(ページ下↓)

(質問タイムの様子。みなさん質問ありがとうございました!)
(熱心に質問に答える長田さん、参加者のみなさんも熱心に聞いています)

ヒトゲノム計画完了宣言後、ゲノム解読の手法は大きく進歩し、検査処理を自動化する機械技術や解析を行うPCなどの情報機器も大きく発展しました。過去のヒトゲノムから人類進化の歴史がわかり、現在のヒトゲノムからそのヒトの未来を調べることができる。時をかけるゲノムを調べることで、今まで知らなかった「私たち」ヒトの過去や未来が明らかになっていくのでしょう。

(サイエンス・カフェ終了後の集合写真、みんなでDNAの右回りポーズ)

ご参加いただいたみなさん、そして長田さん、ありがとうございました!

当日答えられなかった質問について、長田さんに答えていただきました。

Q1  最近になってようやく解明した常識を覆すような発見をお聞きしたいです。

古代人のゲノムを直接決定できるようになってからいろいろな発見がありました。少し前の発見ですが、ネアンデルタール人が現生人類と交配していたことは、以前の常識を覆すような発見であったかと思います。また、現在のヨーロッパ人の起源に関しても、アナトリア半島からやってきた農耕民ではなく、草原に居た遊牧民が移動して広がった集団が中心となっているなど、一部の考古学者などが考えてきたストーリーを覆す発見があります。

Q2  遺伝的に異なる人同士で子供を作るとよいという印象がありますが、今回解明していただいた規模でも、より多くの種類が混ざっていたほうが発展しやすかったなどの例はあるのですか?

遺伝的にはより多様であった方が良い、ということは一般的によく言われますが、本当にそうなのかどうかについて答えることはなかなか難しいです。ヒトとチンパンジーくらいゲノム配列が違うとそもそも子供を作ることもできなくなってしまいますよね。一つ言えることは、遺伝的多様性が低い集団では、もともと集団になった潜性の有害な変異(一つだけもっていても大丈夫だが二つもつと悪いことが起きる)を二つもつ確率が高くなってしまうことです。潜性の有害な変異はヒトの集団の中にたくさんあり、多くの遺伝病の原因になっていることが知られています。

Q3  なぜゲノム情報が位置情報に変換されるのか、わかりませんでした場所ごとにDNAを解析してゲノムの違いを比較しているのでしょうか?

主成分分析の図のことかと思います。これらの図の点の位置は、地図上の位置ではなく、個人の遺伝情報の間の距離を表しています。図の上で近い人ほど、遺伝的に近いことを示しています。興味深いことに、遺伝距離で作ったこのような図は、個人の実際の出身地を地図上に示したものに似たものになることが多いことが知られています。これは、ヒト同士の遺伝的な距離が、住んでいる場所の距離に強い関連があるからです。

Q4  一人のゲノムを解析することでかなり昔の人口がわかる理由は何でしょうか?祖先として考えられるゲノムの種類の多さとかでしょうか?一人のゲノムから過去がわかるということが、どういうことかもう少し知りたいです。(本当に一人なのか、他の情報と照らし合わせて解析するとわかることなのでしょうか。)

ヒトは父方由来、母方由来の二本の染色体をもっています。その二本の染色体は過去のある時点にさかのぼると共通祖先をもっています。人口が少ない時期があった場合、その時代に共通祖先をもつゲノムの領域が多くなります(人口が少なければみんな親戚になるというイメージです)。実際はかなり複雑な計算が必要なのですが、この二本の染色体の間の塩基の違いを調べることにより、あるゲノム領域がどのくらい昔に共通祖先をもっていたのかを推定することができます。二本の染色体間の違いがどのようにゲノム上に分布しているのかを調べることによって過去の集団の大きさを推定することができます。ただし、どのくらい古い時期に集団サイズの変化が起こったのかを推定するには、どのくらいのスピードで突然変異が起こったのかを別の方法で知っておかないといけません。

Q5  ゲノム解析は、何の細胞をサンプリングして分析するのですか? ゲノム解析をする際、どのようにして人からゲノムDNAを採取しているのですか?

血液の中の白血球を使うこともありますし、簡単な方法では唾液からも取ることはできます。唾液の中にたくさんのDNAが含まれているわけではありませんが、口の中の細胞がはがれて混ざっています。

Q6  日本列島はどことも(大陸?)と接していないのに、どうしてヤポネシア人はこれたのでしょうか?

人類がアフリカから出てユーラシア大陸に広がる過程で、海岸線沿いを伝って渡ったのだという説もあります。近い距離を航海する技術は、かなり昔からあったのだと考えられます。

Q7 ヤポネシア人の起源を知るため、これまで何人くらいのゲノム解析をしたのでしょうか?

起源を知るためのもの以外も含めると、すでに数万人規模で日本人のゲノムは解読されています。

Q8  PSMCの説明で、1個体のゲノムを調べることで過去の個体数を明らかにできると説明がありましたが、現代のゲノムの情報を用いていること(次世代に伝わった情報しか考慮できない)を踏まえると、子孫を残せた個体の数しか推定できないと思います。この問題を克服し、正確な個体数を推定することはできるのでしょうか?

鋭い質問ですね。専門的な話なので省略しましたが、おっしゃる通り、ゲノムを調べて分かる個体の数は「有効集団サイズ」と呼ばれるもので、本当の人口よりは少なくなります。どのくらいのずれが生じるかは、さまざまな要因によって変化しますので、今のところこのずれを正しく推定する方法はありません。

Q9 親から子へDNAを受け継ぐ際、塩基配列の組み合わせが変異すると、作られるたんぱく質は変わってしまうのですか?

塩基配列に突然変異が起こり、タンパク質の形が変わることはあります。ただし、その確率はあまり高くはありません。

Q10 長田さんはゲノム解析のどんなところが一番面白いと思いますか?

生物の実験は実験ごとのバラツキが大きかったり、生物自体がとても多様だったりするで、理論を立てることがなかなか難しいです。ゲノム解析はDNAという同じ言語で生物を知ることができますし、数理モデルを組み立てやすいので、統計的な議論がしやすいというところが面白いと思います。

Q11 南から北縄文人について、4万年前に来た旧石器人がそのまま縄文人になったのですか?

旧石器時代人と縄文人とのつながりについては未だ謎が多いです。ただし、縄文時代の始まりとともにいきなり縄文人が来て入れ替わったということは考えられないと思います。

Q12 ゲノムと形質人類学の対応?

長くてきれいな髪、歯のかたち、一重まぶたなど、人類学的によく知られている形質を担う遺伝子は多く知られています。ただし、残念ながら医学に直接役に立たないような形質の研究は後回しにされがちです。

Q13 様々な人類の集団がいたのに、今はホモサピエンスしかいないのはなぜ?

理由はわかりません。われわれがより優れていたのかもしれませんし、たまたま運が良かったのかもしれません。

Q14 様々な人類の集団がいた時期は、どんな世界だったのだろう?

答え:想像すると楽しいですよね。

Q15 突然変異が起きて環境に適応したのか、環境に適応するために突然変異が起きたのか、どっちだと思いますか?

基本的に突然変異は常にランダムに起こります。また、ほとんどの変異は何の意味もないか、有害です。適応するために変異が起きるのではなく、変異が起きたものの中から生き残りやすいものが生まれる場合があるということです。

Q16 未来にゲノムの情報がデータ化されたとすると、どんないいことと悪いことが起きると思いますか?

メリット・デメリットの両方が存在すると思います。病気の治療などには役に立ちますが、個人情報が悪用される場合もあるかと思います。遺伝情報による差別なども問題になるかもしれません。

Q17 ゲノム解析を遺伝情報でみるようになったのはいつからですか?

ヒトゲノム配列が解読されたのは2000年ごろですが、それ以前から、遺伝の仕組みを利用して病気の原因となる遺伝子を発見するという研究は行われています。昔の研究者たちのいろいろな工夫の上に現在の研究が成り立っています。

Q18 アイヌ民族の祖先はわかっていますか?

いわゆるアイヌ文化を担うアイヌ民族が成立したのは12~13世紀ごろといわれていますが、どのように成立したのかに答えることは、歴史的・考古学的資料も少ないので難しいものとなっています。ただし、遺伝的には縄文人由来のゲノムを多く受け継いでいるので、まったく別の場所からいきなりやってきたということはなく、アイヌ文化以前の擦文文化などからの遺伝的な連続性があると思われます。

対話の場の創造実習:大関萌、高塚慧、伊藤彩乃、住友裕一、橋本政士