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『カケンヒカードゲーム』開発秘話 ~企画3分、制作3月の裏側

2023.2.17

「アポカリプスに備える次世代の超メタバース」「革新的なバイオ電池による量子ロボット」「UFOネットワークで紐解く火星生態」……配られた6枚の手札から単語を組み合わせ、予算の取れそうな研究テーマを当意即妙に考え出す『カケンヒカードゲーム』。知識と想像を駆使して架空の研究をプレゼンし「思わず予算をあげたくなる課題名」を提案できるか競います。第18期ライティング・編集実習班の修了制作物であるアナログゲームはどのように生まれたか、開発秘話をご紹介します。

カケンヒカードゲームの紹介記事はこちら

「修了制作をしましょう。予算は20万円」

2022年10月22日。その日の実習を皮切りに修了制作はスタートしました。プロジェクト名は予算の上限額から名前をとった「20万プロジェクト」。はじめは完全に手探りでした。

何を作ればいいのか、何を作ってもいいのか。手がかりを得るため過去班の制作物を覗くと、北大キャンパスの写真を使ったしおり、クリアファイル、カレンダーと多種多様。共通点は「作ったあと誰に、どうやって伝えるか」まで見据えている点です。しおりは書店で配布、クリアファイルは新入生へ、カレンダーは北大と提携する高校に送るなど。学んできた「どう伝えるか」というスキルは制作物でも遺憾なく発揮されていました。

(クリアファイルや本に挟むしおりなど、思わず手に取りたくなるクオリティ)

翌週、さっそく班メンバーが思い思いの企画案を出し合います。食堂のお盆に貼るステッカーや北大テーマの俳句集、果ては文字を書いた煎餅など食品案も。浮かんでは消えるアイデアを黒板に貼り付けること1時間、30超の案が集まりました。

(集めた35の企画案をジャンルごとに分類)

しかし実は、当初の案に『カケンヒカードゲーム』の原型は影も形もありません。強いて挙げるなら北大12学部を数字としてあしらった「北大トランプ」案と、北海道の生態に沿って絵柄を差し替える「北海道花札」案くらい。原案が出たのは翌月、11月に入って最初の会議の時でした。

産声は企画書なしの飛び入り案から

11月5日、班メンバー5名が企画書を練り「トランプ・花札・クリアファイル・ラインスタンプ・フォトフレーム」の5案に候補を絞りました。順番に概要や対象者・制作予算をプレゼンする中、飛び入り案が舞い込みます。

「今思いついたのですが」と出てきたのは「いいね! Hokudai」の記事タイトルを分割し、思わず読みたくなる見出しを考えるワードゲーム案。発想のきっかけは単語を組み合わせてプロポーズの殺し文句や小説タイトルを考える大喜利系のゲームです。何か参考にできそうと雑談が始まります。「研究課題とかどう?」「大学院名の診断メーカーなら作った経験が」「研究の予算申請と絡めて……」と、居合わせた教員を巻き込みその日一番の盛り上がりを見せる企画会議。熱は冷めやらず、投票でも上位に食い込む結果に。

(1人2票で投票、花札とワードゲームに票が集中しています)

企画を練り直し、花札vsワードゲームで決選投票。満場一致でワードゲームに軍配があがり『カケンヒカードゲーム』の企画が始動します。ちなみに当初の仮タイトルは『君の研究に金を出してやろう』でした。

いざ試作、面白い!けど……

11月中旬。修了制作物の方向性は「ランダムな単語を組み合わせ採択されそうな研究課題を作るカードゲーム」に固まりました。次はゲームに使う単語の精査です。競争的資金に採択された研究課題や、政府主導の大型研究プログラム、メディアで話題にされがちな流行り言葉まで。歴代の研究タイトルに頻出する言葉や表現を調べ、エクセル上で「単語・助詞・修飾語・締め」に分類して列挙します。記念すべき初の試作品は、その一覧表をハサミで切り分けたヨレヨレの紙切れでした。

(試作品第一号は単語ごとに切り分けた紙切れから)

まだゲームとして厳密なルールはありません。適当に切り分けた紙の山から思い思いに単語を拾い上げ「凄そうな架空の研究課題名」を想像して作り、順番にプレゼンする。当初はそれだけでしたが、この時点でメンバーは手ごたえを感じます。意外な組み合わせ、見え隠れする各プレイヤーの専門知識、無茶苦茶で突拍子もない研究テーマ。嘘八百を雄弁に語る人もいれば、本当にありそう・あったら面白いと思わせる課題名まで。自然と会話は弾み「これ面白いのでは?」「これ面白いぞ!」と活気づきます。

(人気のパーティー用カードゲームとの比較・調査も)

同時に課題も見えてきました。まずは課題名作りに意外と必要な「助詞」の存在です。単語同士の接続に最適な助詞が見つからず、「の」「による」「と」といった助詞の山から何度も探して吟味する様子がチラホラ。かといって1枚1単語で用意すると際限なくカードが増えてしまいます。

ルールも同様です。コンセプトが研究予算を勝ち取る点にある以上、既存のゲームと異なり「単語を組み合わせて発表して終わり」では済みません。魅力をアピールする研究内容のプレゼンまで見越して考える必要があります。「インパクトかつ説明できる課題名」な組み合わせを探す……自然と悩む時間が長くなります。

これらの課題を解消するためカードに改良を加えます。まず三段組みでカード1枚あたりの単語を増やし、配られた手札から課題名が作れるよう組み合わせ数を拡大。実際の研究課題名の長さを参考に、手札の上限枚数も6枚に設定します。さらにトランプとしても遊べるようカード枚数を54枚に決め、空きスペースには数字と模様を添えました。

(1枚1単語ではなく、1枚3単語の三段組に改良。写真下は試作品の最終版です)

ルールも細かく詰めていきます。全員発表して指差し多数決で採択課題を決める「シンプルルール」と、トランプのポーカーを踏襲して審査員(親役)やカード交換の要素を取り入れた「モンカショウルール」の2種類です。

当初は他に「勝者はインパクトファクターと論文数のサイコロを2回振り、出た目の乗算をポイントとして得る」「カケンヒ申請!と宣言したプレイヤーから研究課題を発表、宣言が成功すればボーナスポイント」といったルールも候補に挙がりましたが、ゲームが複雑化するため削除。試遊を通して使いやすい・使いにくい単語の差し替えを重ね、徐々にゲームの骨格が形作られた……その最中でした。

根幹を揺るがす問いかけが出てきます。

カケンヒカードゲームの意義とは

「それってサイエンスコミュニケーションと言えるの?」

12月3日、担当教員の川本思心先生から飛び出したツッコミです。カードの裏側にCoSTEPロゴの使用許可を得るため、企画趣旨の説明資料を確認している時でした。川本先生から改めてこのゲームの意義を問われます。

メンバーの答えは様々。「科学的・論理的思考が養われる」「プレゼン度胸がつく」「創造性を高められる」「研究タイトル決めの難しさを感じてもらう」「考えてなかった」など。開発進捗はいよいよカード原型が完成間近、ボードゲームの印刷物制作を手掛ける会社に発注書を作る直前です。にも関わらずメンバー内での「ゲームの意義」は各自で解釈しており、統一されていませんでした。

「架空の研究課題を想像してテキトーにしゃべることは、果たして科学的と言えるか」。振り返ると最初の企画書には「カードゲームで遊ぶ人に研究のタイトルをつけることやお金を調達することの難しさ、研究者の苦悩と努力を楽しみながら感じてもらいたい」の一文が書かれています。ゲームの目的や対象者、どう広めるかなどを改めて話し合う必要が出たライティング班、急遽ミーティングを開くことに。

(日中の話し合いだけでは足りず、後日オンライン会議も開きました)

結論として得たゲームの意義は「研究タイトル発表を通し、科学的対話のきっかけにしていく」こと。何も変わっていないように見えますが、中身は違います。確かに「架空のタイトルを発表して説明する」のみではサイエンスコミュニケーションと言えません。しかし試遊を重ねるうちにある傾向が見えてきました。

まずカードゲームを通じて対話が増えること。考案した課題名の魅力を伝えるため、自然と口数は増します。他プレイヤーが感想や意見・質疑を口に出せば、それは対話に繋がります。ここで重要なのが、研究課題に対するツッコミです。

例えば「超タンパク質ウイルス技術の実現」というテーマを考案し「ウイルスが作るタンパク質を使って……」と説明したとします。すると質疑の段階でツッコミが入る訳です。「ウイルスは細胞と違ってタンパク質を自分で作れません。あなたの言う超タンパク質ウイルスとは果たしてウイルスと言えるのでしょうか?」といった具合に。他のプレイヤーをゲームに勝たせまいと妨害を試みるほど、自然とそのツッコミは「科学的な急所」が有効になる訳です。

(試遊のワンシーン。「ゲノムから探る脱ワクチン型人間」「火星における多様なバイオドローン」……思わずツッコミたくなる課題名がズラリ)

ツッコミに限らず雑談に繋がっても良いでしょう。ゲームが面白ければ初対面同士の緊張を解きほぐすアイスブレイクに役立ちます。異分野の人間が集まる場所で遊べば、それぞれの専門性がゲームを通じて飛び出すかもしれません。

「科学的コミュニケーションをしよう」と誘ってもまずうまくいきませんが、「ゲームをしよう」なら気軽に誘えます。そのゲームが面白く、無自覚ながら結果的にサイエンスコミュニケーションへ繋がるのであればまさに理想形です。「カケンヒカードゲーム」はそのきっかけ作りに活用してもらいたい、目的が統一されました。

「作って終わり」ではない

製品発注に向けカード改良もいよいよ終盤。ギリギリまで問題は出てきます。
例えば盲点だったカードサイズ。当初はトランプと同じ大きさを計画していましたが、カードを並べ課題名を作る以上、ことのほか場所を取ることに気づきました。大きなテーブルがなければ難しい、初期の方が遊びやすかったという声も出る始末。試作品と同程度、花札と同じサイズにデザイン案の修正を余儀なくされます。

(カードのサイズも議題の一つ。遊びながら検討していきます)

空き箱の外装や説明書の文言修正も加わります。空き箱は科学実験で御用達の某紙ワイパーのカラーリングをオマージュしつつ、カードの組み合わせをイメージしたデザインを考案。説明書にはインフォグラフィックスを挿入。改良に改良を重ねて、ついに『カケンヒカードゲーム』は完成しました。

(数々の試作品と会議を経て、ついに完成!)

完成した時点で終わればただの自己満足。いよいよ広めて伝える最終段階です。このゲーム、実際に遊んで頂かないとなかなか面白さは伝わりません。そこで取り組むのがまず班メンバーの周囲で一緒にプレイしつつゲームのセットを配ること。ですが個人で取り組む範囲には限界があります。

そこでカードセットのPDFと遊び方動画を公開しました。ダウンロードや視聴はこちら。もちろん無料です。
カードのデータをダウンロードして両面印刷し、切り取れば家で簡単に遊べます。年賀状と同程度の厚み (0.3 mm) の紙に印刷すると、カードの強度が増すのでオススメです。

実はここまで読んで頂いた本記事も「どう伝えるか」の広報の一環。効果的な普及方法をとことん話し合った結果、PDF公開に踏み切ったわけです。遊び方を知り、開発の裏側を知った今。実際に遊んでみたいと思いませんか?

デザイン考案、ワードリストの吟味、動画編集に発注用の規格統一など。個人で得た学びも多い「20万プロジェクト」ですが、最大の学びはサイエンスコミュニケーションへの深掘りです。どう遊べば無自覚に科学的対話へつながるか。遊びとして面白さを追求しつつ自然に誘導できるゲームデザインを練り、書いて終わり・作って終わりに留まらない、普及までやって初めて成り立つサイエンスコミュニケーション。

その難しさと楽しさを実感した3カ月でした。

(他班メンバーからも「眺めてるだけでも面白い」「商品化したら欲しい。いくら?」と好評。無料です!)

プリンターと厚紙とハサミがあればすぐ遊べる『カケンヒカードゲーム』。家族でワイワイも良し。友人や研究室の飲み会に持ち込むのも、一人で頭の体操に使うのも良し。これを機に是非、遊んでみてください。